(二)その者の名は③
軍務省からの呼び出しの次は、国王直々の呼び出し。
ジャハネートが予見していた通りで、ラーソルバールとしてもある程度の覚悟はしていた。だが、こんなに早く、しかも「国王と謁見」などという、恐ろしい事態になるなど考えてもいなかった。
そういったものに一切縁の無かったラーソルバールとしては、まさに気が重いとしか言いようが無い。
「はぁ……」
思わず出るため息。
「む………」
横では慌てて封書を開けたエラゼルが、書面に目を通している。
「陛下に謁見とか、大変だねぇ……」
しみじみとシェラに言われ、余計に現実感が出て辛い。
「エラゼルみたいに王太子殿下と接点が多ければ慣れてるだろうし、違うんだけどね……」
「いや待て、殿下と陛下では違う……」
やや手が震えているように見えるのは気のせいだろうか。
無関心でいた罰だ、放っておこうと決めた。
「こういうのって、どんな格好で行けば良いんだろ?」
似合わぬドレスに下手な化粧で出ていけば、どうなるか分かったものではない。失礼の無いような格好で行かなくてはならない。
「制服で良いんじゃない? 国立の学校なんだから」
「それもそうか…」
シェラの言葉に納得する。
おかげで衣装を考えなくて済む分、ほんの少しだが気が楽になった。
「しかし、ラーソルバールは分かるが、何故私まで」
エラゼルは首を傾げて文句を言いながら、菓子を口に放り込む。
動揺しながらも菓子への執着は有るらしい。
「エラゼルだって、私と殆ど変わらないことやってるじゃない」
「いや、宰相暗殺を阻止したのはラーソルバールと、ジャハネート団長だ」
あの時は必死だった。
眼前に居る相手、アルディスがどうしたら思い直してくれるか、それしか考えておらず、宰相の事など一時忘れていた。……と正直には言えない。
「せっかくの美味しいお茶が冷めるよ」
シェラに言われて思い出し、慌ててカップに手を伸ばす。
「シェラ、お願いがあるんだけど」
「なぁに?」
「また、お化粧手伝って」
そう頼むと、シェラはふふふっと笑って頷いた。
「しかし、陛下直々のお呼び出しとあらば、単なる褒賞話では無いだろうな…」
憂鬱そうに封書を戻しつつ、菓子をつまむ。手が動くたびに色とりどりの菓子が、次々とエラゼルの口の中に消えていく。
「喜ぶべき話なんじゃないの?」
不思議そうにシェラが首を傾げた。
「基本的にはな。陛下に名前を知っていただくなど、滅多にない機会だ。だが、事と次第によっては、それに伴う責任も発生するというものだ」
「叙勲だけでなく、叙爵?」
珍しくフォルテシアが口を開いた。
「我々が邪推する事ではないが、そういう事も有り得るという話だ。此度の一件で、多くの貴族が処罰され、領地が宙に浮いた。国としてはそれを少しでも誰かに押し付けたいだろうし、内乱という事態からも目を逸らす役者が欲しいだろう」
「その役割を二度も担う事になるとは思いもしなかったよ……」
二人は顔を見合わせると、揃って大きなため息をついた。
「そいうえば、公爵様直々のお呼びだしって何だったの?」
留守居役を押し付けられたシェラは気になっていた話を持ち出した。
「ん? ああ、騒動をいち早く聞き付けて、まだ危険が有るかもしれないから、という事だった。私がそういう理由では帰らぬと分かっていたから、姉上が何とかいう口実まで使ってな……」
エラゼルが身内の過保護に、苦笑いして見せた。
話している間に、フォルテシアが菓子を三個ほど摘まんで食べるのを恨めしげにしていたので、シェラは笑いを押し殺すのに必死だった。
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