(三)軍務省②

 二人は馬車に乗り込むと顔を見合わせた。

「大臣からのお呼びではないと思うけど」

「まあ、夜中の一件だろうな」

 それ以外にはないだろうとは思う。

 事情聴取の類であれば、既にエラゼルが協力しているはずだし、今更何の用があるというのだろう。休暇の最後の一日くらい、ゆっくり過ごさせて欲しいものだと、恨めしく思う。

 昨日来た道を逆に走り、街の惨状を再び目にする。

 片付けも進んでおり、動き回る街の人々に悲しみの色は無い。今日、明日を生きるため、下を向いている暇はないのだろう。

 昨夜エラゼルに聞いた話だが、家を失った人々は、一時的に専用の宿舎が用意される事になっているらしい。破壊や火災による損害があったのは五十件を越えるだろう。復興のため、国からの資金援助もしっかりと有ると良いのだが。

 そんな事を考えていると、すぐに寮に到着した。


 寮の生徒たちが、馬車から降りる私達の様子を何事かと見詰めている。明日から学校が始まることもあり、寮には多くの生徒たちが戻ってきているようだ。

 視線を浴びながらも、何事も無かったかのように女子寮へ向かうと、寮母さんに待っていたかのように呼び止められた。その傍らには女性騎士が立っており、挨拶もそこそこに二人は手紙を渡された。

「時間が無いので挨拶は省きます。この手紙は馬車内で読んでください。それから、制服に着替えてすぐに戻ってきて下さい」

 そう言われて、エラゼルと共に訳も分からないまま、急いで部屋に戻り慌てて身支度を整える。

 私が戻った気配を感じて、シェラが部屋にやって来たが、軍務省に呼ばれている旨を伝えると、驚いた様子で私の支度を手伝ってくれた。

 軍務省に連れて行かれると分かっていながら、化粧もせずにいる訳にもいかず、申し訳程度に口紅だけつけることにした。元々化粧などあまりした事も無く、時間も無いようなので止むを得ない対応だろうと思っている。

 ……勿論、口紅をつけてくれたのはシェラだ。

 最後に髪を束ねて縛ると、女性騎士の待つ寮母部屋の前に戻った。


 私よりやや遅れてエラゼルも戻ってきた。

 彼女も私と同じく化粧は口紅だけなのだが、素地が良いからだろうか、それを感じさせない美しさだった。それには私も笑うしかなかった。私の見送りにやってきたシェラが、同じように苦笑いをしていたのはそれが理由だろうか。覚えていたら後で聞いてみよう。

「さあ、行きますよ」

 二人の顔を見ると、女性騎士は声をかける。

 余程急いでいるのだろうか、早足で先程私達が乗ってきた馬車へと向かう。

「気をつけてね」

 シェラが心配そうに手を振る。私はそれに頷くと手を降り、女性騎士の指示に従って馬車に乗り込む。続いてエラゼルと女性騎士が乗り込むと、すぐに馬車は動き出した。

「ああ、手紙」

 私は慌てて肩掛け鞄から、先程の手紙を取り出した。

「何とある?」

 エラゼルが聞いてきた。

「いや、貴女も同じ物あるでしょ、横着しないで自分のを読みなさいよ」

「どうせ中身は同じだろう。それくらい良いではないか」

 エラゼルは駄々っ子のように、口を尖らせて膨れる。その様子があまりにも可愛かったので、私は負けた。

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