(三)軍務省①

(三)


 翌朝、悪夢にうなされることも無く目が覚めた。

 エラゼルのおかげ、という事にしておこう。

 二人で寝た割には、窮屈さを感じることも無く、布団を奪い合う事も無く、穏やかな夜だったと言える。魔力酔いは夜のうちに消えてから、再発することもなかった。


 朝の弱い私よりも、エラゼルは先に目覚めたようで、既に着替えてお茶を飲んでいた。

「起きたか?」

 余程暇だったのだろう、教会の影響で置かれていると思われる聖書を片手に持っている。

「起こしてくれればいいのに」

「良く寝ていたので、そのままにしておいた。うなされている訳でも無かったしな」

「はいはい、お気遣いありがとう」

 苦笑いしながら身支度を整えると、エラゼルの向かいに座る。

 彼女から無言でお茶を差し出されたので、礼代わりに軽く頭を下げてからカップを手に取った。着替えているうちに淹れてくれたのだろう。

「ん、丁度いい。有難う」

 目覚めの一杯は格別だ、と誰かが言っていた気がする。ほっと一息つく時間的余裕があればこそ、なのかもしれない。

「帰りは歩きだね」

「大した距離ではないし、怪我も治ったのだから問題ないだろう?」

「うん、早く寮に戻らないとね」

 お茶を飲みんで少しゆっくりした後、私達は部屋を出た。

 ホールに出ると、受付担当者と数人の職員が居るのが見えた。その中にメサイナさんの姿を見つけ、駆け寄る。

「おはようございます、メサイナさん」

「あら、おはようございます。調子はどう?」

 書類を手に仕事をしていたようだが、一旦止めて私達に笑顔を向けた。

「もう大丈夫、って感じです」

「治癒の反動や、まだ治りきっていないところとかあるかもしれないから、昨日の部屋で待ってて」

「はい……」

 素直に応じたものの、またあの格好をしなければならないのだろうかと、私は少し不安になった。


 部屋で待つこと少々。書類を持ってメサイナさんが現れた。

「この書面に沿って確認していくから」

 そう言って、色々と書かれた書類を見せられた。

「着替えはいいんですか?」

「着替えたいの?」

 着替えは必要ないとばかりに笑われた。

 この後、真っ直ぐ歩けるか、体のバランスは問題ないか、柔軟性は悪化していないかなど細かい項目に従って確認が行われた。

メサイナさんは最終項目まで確認を終えると「異常なし、完治」と書かれた箇所にチェックを入れる。そして最後に私が書類に署名し、確認は終了となった。

「はい、これで終わりです」

 そう言ってメサイナさんは穏やかな笑顔を向けて、私を安心させた。


 書類が出来上がったので三人は部屋を出て、ホールに戻ってきた。

「ありがとうございました」

 私は頭を下げた。身体を曲げても昨日のように痛みが走ることも無い。

「二人共、気をつけて帰ってくださいね。そして今日からまた頑張ってね」

 メサイアさんは優しく言葉をかけてくれた。

 もう一度頭を下げ、手を振って救護院を出たが、玄関前に何故か馬車が停まっており、御者は私達の姿を見つけると声をかけてきた。

「騎士団からの伝言です。お二人を一旦寮までお送りしたあと、軍務省までお連れするように、との事です」

「……は?」

 まさか自分達を待っていたとは思わなかっただけに、その言葉に私とエラゼルは顔を見合わせ、固まった。

 目の前に停まる馬車には、騎士団の紋章が刻まれたプレートが光っていた。

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