(一)芽吹き②

「貴女のお名前は?」

「ご家族は?」

「お住まいいや、ご領地は何処ですか?」

「婚約者はおられますか?」

 あっという間に囲まれたラーソルバールは、次々に質問攻めにあった。

「え、あ、あの…」

 こういった対応に慣れていないため、返答にも困る。

「私は、ミルエルシ家……男爵家の娘で、ラーソルバールと申します。皆様のご期待に沿えるような者ではありません」

 華やかな社交界において、美しいものや、興味を惹かれるものに人は群がる。

 エラゼルのように公爵家の娘ともなると、知名度も高く、いくら美しくとも近寄り難い存在だと認識されているため、同じようにはならない。

 エラゼルと共に居た事がかえって、存在を際立たせる事になったという不運でもある。

 逃げ場の無い状態に追い込まれ、人の輪は次第に狭められていく。

「カザルファード家です。是非お近づきに」

「いえいえ、ヨラインダー家をよろしく…」

「えっと…あの…」

 困り果てていると、背後から腕を掴まれて囲みから引き出され、あっという間に離れたところまで連れてこられた。

「あ、どうも…」

「どうもじゃないわよ、居ないと思ったら囲まれてて…、もう、何やってるの?」

 救いの主はシェラだった。

 友の顔を見た瞬間、ラーソルバールはほっとしたような顔を見せた。

「ただでさえ、真っ赤なドレスで目立つんだから、もっと気をつけないと」

「うん……、エラゼルと一緒に居たときには何も無かったから、大丈夫だと思ってたんだ…けど……」

 少し俯く。

「助けてくれて、ありがとう」

「大観衆の前の戦闘とか平気なくせに、こういうの弱いんだから」

 呆れたようにシェラは言った。

「じゃあ、しばらく父上の近くで大人しくしてる……」

 しょげたように言うラーソルバールを見て、シェラは苦笑いする。

「一緒に居てもいい?」

 見かねたように、シェラは手を握り、言った。

「うん」

 安心したように頷くと、ラーソルバールは笑顔を見せた。


「ガイザさんや、アルディスさんは?」

 ようやく一息ついたところで、シェラに聞かれ、ラーソルバールは彼らのことを思い出した。

「ああ、そういえばまだ会ってないなあ」

 エラゼルと一緒に居たので、遠慮したのだろうか。

「どこかに居るとは思うけど。まだ、受付時間が終わってないから来ていないだけかも知れない」

 そうは言ったものの、気になり始めると、落ち着かない。

 かといって探しにうろつけば、先程のように取り囲まれる可能性もある。

 今は父の陰で顔を隠すように、大人しくしているので問題無いのだが、ここから動けばどうなる事か。

 ラーソルバールはため息をついた。

「よう、どうした辛気臭い顔して」

 ガイザが顔を覗き込んできた。

「来てたんだ」

「いや、来ない訳にはいかないだろ? グレイズって奴も、ゲイルもフォッチョも居たぞ」

 ガイザはニヤリと笑った。

「しかし、女ってのは本当に化けるのが上手いな。最初は二人とも分からなかったよ」

「はいはい、どうも」

 あしらうように応えるラーソルバール。

「アル兄は見なかった?」

「ああ、そうだな、まだ見ていないな」

「もうそろそろ始まりの鐘が鳴る頃なんだけどなあ」

 ラーソルバールが少し寂しそうな顔をしたので、ガイザは思わず顔を背けた。

「と、ところで、俺たちは始まったら何をしてりゃあいいんだ?」

 ガイザの言葉に、ラーソルバールは思わずシェラの顔を見た。

「わ、私だって知らないよ。初めてなのはみんな一緒!」

「なぁんだ、知らないのか」

「なに、なにそんなにガッカリした顔してるの!」

 次の瞬間、ラーソルバールの笑顔を見てシェラはからかわれた事に気づいた。

 おのれ、あとで小さな仕返しをしてやる。とシェラは決めた。

「ラーソル、まず始まったら陛下がお出座しになる。御話を静かに聞き、その後で新大臣のご挨拶だ。それが終われば食事だよ」

 自分達の会話を聞いていないと思っていた父の言葉に、ラーソルバールは驚いた。

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