(三)招かれざる客③

「貴様のような輩を、デラネトゥス家へ招いた憶えはない!」

 エラゼルはゆっくりと切っ先を暗殺者に向ける。

「私はそこの女程甘くない。侵入者を殺さずに済ませようなどという、寛大な心は持ち合わせておらぬ」

 いつもと変わらぬエラゼルの高圧的態度を見て、ラーソルバールは不謹慎にも口元が緩んだ。

(やっぱり格好良いね……)

 言葉にしたところで、額面通り素直に受け取るとは思えないので、声には出さず心の中に止めて置く。

「お前もいつまでそんな汚らしい剣を持っている。これを使え」

 エラゼルは暗殺者から視線を外さず、もう一本持ってきた剣をラーソルバールに放り投げる。

「おっと……」

 右手の小剣を離さずに、受け取ろうとしたため、危うく取り損なうところだった。

「バルコニーだと、小剣の方が取り回しがきいていいんだけどなぁ……」

「この、たわけ者が……」

 エラゼルは呆れ気味に溜め息をついた。

「レガードの借りもある。さっさと片付けるぞ」

「はいはい」

 ラーソルバールはエラゼルと共闘できることが、少し嬉しかった。

 剣を交えることはあったが、共に肩を並べることは無かった。

 騎士になったら……、そんな淡い希望を持ってはいたが、それがこんなに早く来るとは思わなかった。

「小娘が二人になったところで、何ができようか」

 多数の者に姿を晒した時点で、暗殺者としては失格かもしれない。

 小娘にただしてやられただけでは、暗殺者としても武人としても面目が立たない。

 だが、この二人を仕留めてしまえば、多少なりとも汚名は雪げる。

 両の手に小剣を握り、小娘どもを全力で殺す。終われば動けぬ者は打ち捨てて帰り、再度標的を狙うまで、と覚悟を決めた。


「エラゼル・オシ・デラネトゥス、参る!」

 先に動いたのはエラゼルだった。

 弧を描く一閃を、暗殺者のは左の剣で受け、反撃を試みる。

 だが、右からラーソルバールの横薙ぎが襲い掛かったため、剣を払い退けて一歩後退した。

 今度は逆に暗殺者が二本の剣を駆使して、ラーソルバールに攻撃を仕掛ける。

 だが、防御に徹するラーソルバールは、全てを剣で捌き有効打を与えない。

 攻撃を繰り出すその横から、エラゼルが剣を突き出すと、暗殺者は慌てて飛び退った。

「ねえ、エラゼル…さっきから思ってたんだけどさ…」

「何だ?」

「ドレスって動きにくいよね……」

 真顔でラーソルバールは言ったのだが、エラゼルには余程可笑しかったようで、珍しく笑い顔を見せた。

「この状況で、今更よくそんな冗談が言えるな……」

 相手から視線を逸らさず、笑いながら答える。

 その様子をちらりと横目で見て、ラーソルバールは嬉しそうな顔をした。

「もうね、全然動けないんだよ……っと」

 今度はラーソルバールが先に仕掛ける。

 踊るように数回、突きを繰り出し、足を止める。

「この程度で、どうにかなるとでも…」

 暗殺者が攻撃を避けつつ、強がる。

「ぐっ……!」

 その瞬間、暗殺者の脇腹をエラゼルの剣が深く捉えた。

 衝撃と痛みにバランスをを崩しながらも、暗殺者は跳躍しベランダの柵に乗った。


 ラーソルバールは正攻法でも何とかなるかとは思ったが、過剰な自信は危険だと判断した。

 相手が戦士や騎士であれば、真っ向勝負でも良いかもしれないが、手の内が分からない相手には安全策をとる必要がある。エラゼルとの連携が最善だと考え、彼女もそれに即座に対応してみせた。

 初めての割には結構いけるものだと感心し、結果に安堵する。

「さて、その傷では自慢の暗殺術もままなるまい。大人しく観念せよ」

 エラゼルの勧告をあざ笑うかのように、暗殺者は小剣を投げつける。

 その意図を理解しながら、エラゼルは難なくそれを払いのけた。

「阿呆が一人先走らねば、このようにならずに済んだものを。口惜しいな……」

 男は捨て台詞を残し、柵から飛び降りた。

 すぐさま後を追うように、腕を負傷した男が飛び降りる。

 急いで柵に駆け寄り、庭をを見下ろしたラーソルバールだったが、男達の姿は既に消えていた。

 暗闇の中に消えた男達は、いつか復讐にやってくるかもしれない。

 だがその様子を見ても、エラゼルは後を追うよう指示は出さなかった。

「ラーソルバール・ミルエルシ。姉上の命を救い、奮戦してくれた事を感謝する」

 エラゼルは宿敵に頭を下げた。

 個人の感情よりも、大事なものがある。それを理解していた。

「いいえ、怪我人を出してしまったのは私のミスです。申し訳ありませんでした」

 ラーソルバールも頭を下げた。

 エラゼルも何も言わず頷き、それを受け止めた。

「レガードにすぐに毒消しを。暗殺者共の懐にあるはずだ急いで探せ!」

 即座に暗殺者の捕縛と、怪我人の手当て、会場への対応指示をして、エラゼルは主役に戻った。

 少し返り血を浴びた純白のドレスが、彼女にとっての勲章だったかもしれない。

 こうして気絶している二人と、首の傷により恐らく死んでいるだろう一人、計三人の暗殺者を残して、襲撃事件は幕を閉じた。

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