(三)困った招待状③
「エレノールさんはどうしてここに?」
「陛下からの褒賞金を頂いたので、ミルエルシ家の分を持って参りました」
エレノールの鼻息は少し荒い。
気合いを入れてやってきたから、ではなく、ラーソルバールに会えた事が単純に嬉しいのかもしれない。
「これは受け取れないからお持ち帰りを、とお断りしていたところなんだ」
「伯爵様から『陛下のご意向だと思って受け取って欲しい』という伝言ですので」
エレノールに引き下がる様子はない。
「そう言われると弱いですね……」
父は引き下がり、渋々受け取る。
ほっとしたような表情を浮かべると、エレノールはラーソルバールの顔を見た。
「どうされました? 何かありましたか」
違和感に気付いたようで、首をかしげる。
「んー、ちょっと……」
「言いづらい事でしたら、私は外しますが……と言うより、用が済んだので帰りますが」
「ああ、エレノールさんが居てくれた方がいいです!」
ラーソルバールは慌ててエレノールを引き留める。
エレノールの肩を掴んで無理やり椅子に座らせると、自身は立ったまま鞄から封書を取り出した。
「父上、私こんな物を頂いちゃいまして……」
そう言ながら招待状を差し出す。
手に取って眺める父と、横から覗き込むエレノール。
「はぁっ?」
二人が同時に大きな声を上げた。
驚いて娘を見上げる父の手は、若干震えている。
「お前、デラネトゥス家の御令嬢と仲が良かったのか?」
「知ってるだけだよ、仲がいい訳じゃない……と思う」
「あそこの三女は真面目で気難しく、人付き合いをしない事で知られています」
エレノールも困惑している様子だが、しっかりと持っている情報を挟んでくる辺りは流石である。
「当然、出席なさるんですよね?」
「いやいや、そこを悩んでいるんです。彼女は私の事を敵視……というか、凄く微妙な関係なんですよ……。それに向こうは公爵家だし、どうにかならないかと思ってまして」
嘘偽りなく話すのは、エレノールを信頼しているからだ。彼女にならば、適切な助言を貰える気がしたからでもある。
「どうにか、とは?」
「出ないで済ませる方法……とか……」
逃げ場なく言い淀むラーソルバールに向かって、エレノールはやや興奮気味に小さく鼻を鳴らす。
「会を催す以上、他の方々の目もあります。悪し様にするような相手を呼んだとあっては、公爵家の評判にも関わりますから。安心して出席なさるとよろしいです」
二人の横で父はただ頷いているだけに見える。
娘の自主性を尊重してくれているのは理解しているつもりだが、放任なのか放置なのか時々分からなくなる。とりあえず、ミルエルシ家としてどうすべきかは、示して欲しい。だが、そこは権力とは無縁の人。良い案など無いようだった。
「それで、お嬢様は贈答品を何になさいますか?」
出席を前提とした質問に、ラーソルバールは半ば諦めた。
「考えて無かったんだけど、私は彼女から誕生祝いにスカーフを貰ったんです」
鞄から美しい絹のスカーフを取り出し、二人を絶句させた。
見事な染色と、斑の無い織り。安いものではない事は、すぐに分かる。
「……では、それに見合う物を探すという事で宜しいですか?」
「見合う物って言われても、そんなお金……」
何かを買うにしても、貰った物に見合う物など買える余裕は無い。ラーソルバールの顔が曇る。
「ここに有るじゃないか」
父は受け取ったばかりの、褒賞金が入った袋をポンポンと叩いた。
どの程度の金額が入っているか分からないが、恐らく目的の物を買っても余るに違い無い。
エレノールはふんふんと頷くと、ラーソルバールの手を取った。
「さあ、探しに参りましょう」
「え、今から……? エレノールさん戻らなくてもいいの?」
先程、帰ると言っていたはずだ。ラーソルバールは驚いて聞き返した。
「何の事です? お嬢様は今日は休日なのですよね」
とぼけたように答えるエレノール。だが、ラーソルバールに逃げる隙などは与えない。
「え、あ、そうですけど……」
彼女の勢いに押され、ラーソルバールは伯爵邸に居た時の事を思い出し、思わず笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます