(二)剣と耳飾り

(二)


 ジェスターがしばらく休学する。

 担任教師から、そう告げられたのは、演習の翌日だった。

 知らせに喜ぶ生徒の声が上がったが、ラーソルバールは心中複雑だった。やり過ぎたか、という後悔と、しっかり見つめ直して戻ってきて欲しいという思いと。

 シェラがラーソルバールに向かって振り向き、笑って頷いた。気にするな、という事なのだろう。

 教師たちもジェスターには手を焼いていたようで、今回の件について、当事者であるラーソルバールは軽い叱責のみで済んだ。本来であれば、がっつり怒られる所だろうと自覚している。反省していない訳ではないが、彼もいずれ戻ってくるだろうとは思っているので、深く考えすぎないようにしようと思った。

 とは言え、座学が中心となったこの日は、色々と余計な事を考えてしまった。もちろん、授業内容は半分程度しか頭に入ってこない。

 こういう時は、放課後に体を動かすしかない。そう決めたら、何となく気持ちの切り替えが出来た。


 放課後、例のごとく庭の隅で練習をしていると、何故かガイザがやってきた。

「よう、久し振り」

 クラスが違うガイザとは、たまにすれ違う程度で、今までまともに会話をする余裕も無かった。

「ここ、誰に聞いたの?」

「ああ、同じクラスの奴が、散歩でそれらしい奴を見かけたって言うから、見に来てみた。ただの気分転換のようなものさ」

 見ると手ぶらで何も持っていない様子で、本当に散歩がてら本人なのか確認しに来たのだろう。

「ガイザさん、お久しぶりです」

「ああ、シェラさん、お久しぶり。お転婆娘のお守りは大変でしょう」

「何と?」

 お転婆娘の眼が鋭く光る。

「聞いたぞ、推薦入学者を叩き潰したとか」

「あぅ……」

「どうせ、やり過ぎたとか思って凹んでたから、気晴らしでもしてるんだろ?」

「はうっ!」

 図星だった。

「すごいね、全部お見通しだよ」

 シェラがけたけたと笑った。

「あ、歓談中すまいないが、この方は?」

 沈黙していたフォルテシアが、ようやく口を開いた。

 話しかけるタイミングを見計らっていたのだろう。

「ああ、失礼。俺はガイザ・ドーンウィル。ラーソルバールの知り合いです。あなたは?」

「申し遅れました。私はフォルテシア・クローベル」

「クラスメイトだよ」

 なるほど、というようにガイザは頷いた。

「しかし、珍しいな。こいつが容赦無くやるなんて」

「まあ、色々有るんですよ。ついでですから、私と交代してください」

 シェラは半ば強引に剣を押し付けると、日陰に座り込んだ。

「がんばれー」

「随分とやる気の無い応援だな、おい」

 シェラの声に呆れつつ、剣を握り直した瞬間だった。ガイザは危険を察知して、飛び退いた。

「避けたか……」

 元居た場所を、ラーソルバールの剣が切り裂いていた。

「危ないだろ、手加減無しかよ!」

「大丈夫、多分寸止めするから。それに当たっても少し痛いだけだよ」

「今、多分って言ったろ!」

「んん?」

 ラーソルバールはとぼけた。

「さっきの仕返しのつもりだな!」

「ん? なに?」

 とりあえず、遠慮をするつもりが無いことは分かった。諦め半分にガイザは大きく溜め息をついた。


 この後、剣を持たされたガイザは、相当頑張って、ラーソルバールの剣を凌いだ。だが、やはり数発食らってしまい、よろけたところを、見かねたフォルテシアの参戦により救われた。

「二人とも、良くあんなのと練習やってるな」

 息を切らしながら座り込んだガイザ。ラーソルバールに背を向け、親指で後ろを指した。

「あんなの? ん?」

 笑顔でガイザを見ているが、目は笑ってない。

「しかしまあ、いい運動というか稽古になるな。対人はようやく始まったばかりだし」

「稽古で上達はしてるんだろうけど、自分がどの辺に居るんだかさっぱり分からないよ。前にガイザさんが言ってた事の意味が、ようやく分かった気がするもん」

「だろ、比較対象にしちゃ、駄目だって」

 話の意味を感じ取ったのか、フォルテシアはふんふんと頷く。

「じゃあ、ガイザと手合わせしてみたら?」

 ラーソルバールは、座っているシェラの顔を覗き込んだ。

「多分、今のガイザは、ジェスターよりずっと強いよ」

 ラーソルバールは、自分の持っていた剣をシェラに渡す。

「フォルテシア、お先にどうぞ」

「いや、私は疲れた。シェラがやっていい」

 フォルテシアの完全拒否により、結局シェラがやることになった。

「使ってる剣は同じなんだよねえ。何が違うんだろ」

「剣を降った回数だろうな。ラーソルは朝から暗くなるまで、剣を振り回してたからな」

 そういえば、そうだ。自分があの場所を通る時、いつも音が聞こえてきた覚えがある。少しだけ、思い出の引き出しを開けた。

「まあ、才能も有るんだろうけどさ。ただ単純に才能です、天の恵みですって言い切ったら、あいつの努力を無駄にしちまう」

「変な見本が目の前にあるから、慢心せずに済みそうです」

 二人は剣を構えると、訓練を始めた。

 その頃、寮にラーソルバール宛の荷物が届けられていた。

 差出人はフェスバルハ伯爵。


 しばらく後に、ヘトヘトになって寮に戻ってきた。

 剣を返し、部屋に戻ろうかと思ったところで、寮母に呼び止められ、荷物を渡された。差出人を見て首を傾げる。荷物は重くは無いが、中身が何だか分からないので怖い。

 危害を加える物、という意味ではなく、指輪とか、ティアラとか「ウチの息子の嫁に来い」というメッセージ性の有る物が入っているのが一番怖い。

 とりあえず、そうではないことを祈るばかりだった。 

 寮母から荷物を受け取った時、シェラとフォルテシアがかなり中身を気にしていたが、知り合いからの荷物という事で、何とか隠し通した。伯爵ご自身からの贈り物というだけで、説明ができる気がしない。

 部屋に戻ると、恐る恐る荷の口を開けた。

 中に入っていたのは、手紙と一着のドレス。そして耳飾りだった。

 伯爵家で着たドレスは、無理やり持たされ、今は実家に置いてある。ここにあるのは、あれとは全く違ったデザインで、装飾も細かい見事なものだった。

 気になる手紙を開封すると、フェスバルハ伯爵の直筆と思われるサインが記されていた。


『ラーソルバール殿へ

 あの後、陛下から一時金と、お褒めの言葉を頂いた。

 事が落ち着いたら、公に褒賞を下さるとまで約束して頂いた。ひとえに貴女のおかげである。

 実際に陛下から何かを頂いた際には、その一部をお渡ししよう。

 さて、陛下のご意向とは別に、当家領地に対する配慮への感謝の気持ちを込めて、王都で選んだ品をお送りした。選んだのは私ではない。

 当然、エレノールだ。

 何か送るものが無いかと口を滑らせたところ、エレノールに圧倒された。かなりの上機嫌で物色しておったよ。いくつかの店を連れ回され、我が家のメイドの底力に非常に驚かされた。

 ドレスの方は、サイズは分からないが、エレノールは間違いないと言っておった。多分、大丈夫だろう。

 耳飾りは、変な意味を持たせたり、嫌味を与えぬものにしようとした結果である。無論、選定は私ではない。

 先日も言った通り、社交界の折には当家が全面的に協力するので、その約束手形だと思ってくれてよい。エレノールが専属で付くと、言って居るので好きにやらせる所存である。

 また、当家に遊びに来ると良い。皆が歓迎する。

 ─────フェスバルハ』


 手紙を読み終えると、ラーソルバールは大きく溜め息をついた。

 伯爵家のメイドである、エレノールの「危険性」はともかく、他にも色々と意味ありげな事が書かれており、どう受け止めて良いやら分からない。

 ふとエレノールの顔を思い出すと、嬉々として伯爵を引き摺り回す姿が容易に想像できてしまい、思わず笑ってしまった。

 たった二日の交流だったけれと、親近感と安心感の有る優しい人だったと感じた。加えて、時折暴走したり、決して逆らう事のできない、厄介な姉のような人だった気もしている。

 そのうちまた会う機会が有るだろう。

 そういえば、手紙にある陛下からの褒賞というのは何だろうか。一時金を既に貰っているのだから、お金という事はないだろう。そこから先は、色々な思惑が有るのだから、たかが小娘の想像の及ぶ範囲ではない。

 さて、現実から逃避したくなるが「社交界」の話だが、何やら恐ろしい事になりそうな予感がするので、父と相談せねばならないだろう。

 憂鬱さと申し訳なさと、抱えたものを色々と紛らわせるために、剣を振り回した日に、女性としての美を彩る品を与えられるというのも、何の因果だろうか。

「伯爵は、私に淑女になれと仰ってるのかな」 

 荷物を引き出しに仕舞い込むと、汗でびっしょりの体を洗いたくて、相棒を風呂に誘おうと扉を叩いた。

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