第64話 二番目の人形
「時間を……戻した?」
フェイの邪神化は、完全に解除されていた。
元の変哲もない武闘着姿に戻ったフェイが、愕然と俺を見上げる。
なにを言われているのか理解できない様子だった。
「レイズ……」
「レイズ様……」
シルファとアージュも、戦いの結末をその目でしかと見届けていた。
気づくと、俺の身体から黒き片翼も、頭部の角も消滅していた。
どうやらこの変化は、力の解放に伴う一時的なものらしい。
「俺の【オルタ・クロノス】は、時を反転する魔法。その効果範囲に存在するすべてのものを、恣意的に巻き戻すことができる」
「そ、そんな……」
「つまりお前の虐殺も、邪神化も、すべて起きえなかった未来の事象。俺が殺した可能性のひとつになり果てた」
フェイは言葉を失っていた。
神の力を得ていながら、敗北した現実を受け入れられないらしい。
「なに……これ。なんで……なんでなんでなんでなんで、どうして……」
「時を止めるお前を、時を戻す俺が覆した。それだけのことだ」
生身の人間に戻ったフェイは、あれほど見惚れていた己の姿を受け入れようとしない。
「う、嘘だ……こんなっ、こんなこと、ありえるはずが……」
俺は悠然とフェイに歩み寄る。
「ひっ……!?」
フェイは震え上がり、まるで俺を人外の魔物のように見上げる。
この期に及んで逃げようとするフェイの顔面を、片手で掴んだ。
「ぎっ……や、やめっ……!」
「なぜ俺が、お前を信用しなかったと思う?」
「え……?」
愕然とするフェイの前で、俺は愉悦に口元を釣り上げた。
「簡単なことだ。最初にスレイヤが俺に襲い掛かってきたとき、なぜお前は止めなかった?」
「えっ……?」
あのとき、スレイヤは鋭い一撃を俺に見舞った。
シルファやアージュには到底反応できない速さ。
だが、フェイはちがう。
「お前ほどの身体能力を持つ武闘家が、反応できないはずがない。しかも、俺を守ると得意げに宣言したお前が、だ。だがお前は介入することもなく、ただ傍観していた。それはなぜか? 俺の命よりも、自分の標的である獣人に関心を抱いていたからだ」
フェイが瞠目し、絶句する。
「俺はお前が本性を露呈するまで、茶番に付き合っていただけのことだ」
「そ、そんな……いぎっ!?」
指に力を込めると、フェイの頭蓋が軋んだ。
【フォース】による最大強化と人間特攻状態が付与された強靭な肉体で、この小さな頭を握りつぶすことは容易い。
だがそんな生温い結末を、この屑に恵んでやるはずがない。
なぜなら――
「お前には、イオナと同じ地獄を与える」
「……!!」
それこそが、俺の復讐。
この世で適いうる、最大無限の苦痛を与え続けること。
俺は恐怖に顔を歪めるフェイに、しかと言い聞かせた。
「俺はお前のすべての奪い、お前のすべてを殺す。希望も、自由も、快楽も――お前はもう、なにひとつ手にすることはない。永遠に」
「やだ……お願い、お願いです……。や、やめて……ください……」
皮膚に食い込む指先。
そこから直接、俺の魔力を流し込む。
「やめてくださいやめてやめてやめてぇ! やだやだ! そっ、そんなことあるはずない! だってボクは、世界一可愛くて、世界一尊くて、世界一――」
フェイが苦悶の悲鳴を上げた。
必死に俺から逃れようと暴れる。
だが俺の指先は、すでにそのこめかみにめり込んでいた。
直接触れなければ発動できない、俺の唯一の反転魔法。
そして、その対象を癒したことがある、という前提条件を必要とするもの。
どちらもすでに満たされている。
かつて俺が仕えた、この《七人の勇者》たちに対して。
終結の時間だ。
「【オルタ・レクイエム】――貴様が二番目の人形だ」
がくんっ、とフェイの身体が大きく揺れた。
激しく暴れていた手足が、力なく垂れ下がる。
それを確認した俺は、ゆっくりと右手を離した。
地面に力なくひざをついたまま、フェイは微動だにしない。
だがやがて俯いていた顔を、ゆっくりと持ち上げる。
すべての感情が消えた瞳が、俺を見上げていた。
穢れなき、従順なる人形の目。
「ボクに、ご命令を」
フェイの頬を、一滴の涙が伝い落ちる。
それは人間だった頃の名残を示す、最後の痕跡。
だが、もはやこいつらにはなんの必要のないものだ。
「フフ……クハハハハハハハッ!! アハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!!」
俺は打ち震える悦びの感情のまま、高らかに嗤い続けた。
この手がもたらすのは、完全なる破壊と再生の融合。
すべての生も、死も、俺の手の中にある。
この【反転】で、俺はすべてを覆す。
「残るは……あと五人」
俺の復讐を果たす相手は残っている。
すべてを遂げるまで、俺の復讐の炎が潰えることはない。
この手が持つ力も、俺の生きる意味も、すべてはそこにあるのだから。
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