第62話 偽りの終わり

 俺の周囲から、世界が消失していた。


 消えたのは、空や大地だけではない。

 俺自身の肉体も消失し、ただ俺という自我の意識だけが存在している。


 久しく忘れていた感覚。


 これはあのとき、魔王の蘇生を試みた瞬間に、俺が飲み込まれた虚無だ。



 ――仮初 の 器 よ



 いつぞや聞こえた声がした。

 これは、シルファの父親。魔王の声だ。


 魔王は消滅していない。

 俺のなかで……いや、この世界のどこかで、今も存在し続けている。


 意識のみとなった俺は、この状況を驚きはしなかった。

 なぜ今さら、再びこの虚無に取り込まれたのか、その答えを知っている。


 呼ばれたのではない。俺自身が、魔王を呼び寄せたからだ。



「お前の力は、この程度のものか?」



 俺は煩わしさに、うんざりしていた。

 まるで手足を縛られたまま立っているような不自由さ。

 だがそれ以上に俺を苛んでいた感情は、ある種の退屈さだった。


 そう――これではあまりにつまらない。



「もういいだろう。そろそろ、本当のお前の一部を寄越せ」



 俺の言葉に、魔王の反応はない。


 だがわかる。

 こいつは今、ほくそ笑んでいることだろう。


 ようやく俺がそこに辿り着いたことを、歓迎している。


 俺のこの身に発現した、数々の強力無比な《スキル》と、そして反転魔法。

 だが、そんなものは些末な副産物でしかない。


 地上のすべてを支配するには不釣り合いだ。



 ――汝の 願い 聞き届け 応じよう



 ようやく魔王が、俺の声に応えた。

それでいい。もっと……もっとだ。その力を俺に寄越せ。



  ――権能 第一の 拘束機構 を 開放



 俺は意識だけになりながらも、はっきりと口元を歪め、嗤った。


 そうだ。

 俺が求めるのは、この世界そのものでも、永遠の命でもない。



 ――器に 血 が 満ちる とき



 ――器は 肉 を 取り戻す



 ――さすれば 蘇りし王 全てを 覆す



 今さらお前に言われるまでもない。

 たとえ相手が《七人の勇者》であろうと、神であろうと、邪神であろうと。



 俺のこの手はすべてを壊し、穢し、殺し尽くす。


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