第57話 絆の価値
△▼
「レイズさま~♪」
俺が用意された部屋のひとつで休んでいると、フェイが訪ねてきた。
今だにフェイはドレス姿だった。
「いつまでその格好をしている」
「えへへ~いいじゃないですかぁ、ボク、気に入っちゃったんです。武闘着姿ももちろん完璧ですけどぉ、やっぱり世界一可愛いボクには、こういうおめかしこそ似合っていますよねー」
フェイはフレアスカートの裾を掴んで広げる。
相変わらず、自惚れここに極まるという言動だった。
「あっ、それにしても……スレイヤがお姫様だってなんて、びっくりしましたね」
「そうでもない」
「えっ、じゃあ最初から気づいていたんですか?」
「さあな」
「ぶ~。レイズさまってば、そうやってすぐはぐらかすんですから」
フェイは俺の許可もなく、勝手に部屋に入る。
「でも、よかったですね。
「お前が気にしていたとは、意外だな」
「気にしますよぉ。だってボクたち、レイズさまを奪い合う恋仲ですもん」
フェイは堂々と胸を張った。
恋仲、という言葉には触れないでおく。
「ボクだって、スレイヤやシルファちゃんたちには負けません。これからも、レイズさまのために尽くさせてください!」
フェイはそこで、ドレス姿のまま握り拳を掲げてみせた。
「それに、最近この拳も血に飢えているんです! あんまりレイズさまに頼りっぱなしだと、ボクの身体も鈍っちゃいますし」
「鈍ると困るのか?」
「え? それはだって……レイズさまのお役に立てなくなっちゃいます」
「……では、精々励むといい」
「はーい!」
フェイは俺に励まされたと感じたのか、満足げに笑みを浮かべる。
そしてするりとこちらの胸元に身を寄せる。
フェイは上目遣いで俺を見上げた。
息がかかりそうな距離にある健康的な柔肌と、艶のある桃色の唇。
「ねぇ、レイズさま。ちゃんと覚えていてくださいね」
「なにをだ」
口づけの代わりのように、フェイは囁く。
「ボクが本当に、レイズさまに感謝をしているってことを……です」
△▼
庭園にまばゆい朝日が差し込んでいる。
明朝、俺は王城の屋上に造られた庭にいた。
城の中とは思えないほど広い敷地に、噴水や色鮮やかな花壇、植木が左右対称に立ち並んでいる。
シルファとアージュは庭園を散策しながら、その美しい光景に目を奪われていた。
「レイズ殿、こんなところにいたのか」
スレイヤとフェイが、庭園の入口から現れた。
「? レイズ殿がふたりでいるのは珍しいな。その、イオナ殿と」
スレイヤが俺の隣にいる仮面の魔法使いを指した。
確かに、シルファたちが目の届くところにいるとはいえ、好き好んでこの人形と並んで歩く趣味はない。
単に、ここでとある用事を済ませていただけだ。
「それより、あの鬣の元首と話はついたのか」
「ああ。レイズ殿がよければ、この城を自由に使ってくれて構わないそうだ」
もともと俺たちがこの国を訪れたのは、《七人の勇者》の目論見を阻むためだ。
ディーン・ストライアは、獣人を標的のひとつにしている。
奴らに対抗するために手を貸す、ということであれば、獣人族側にも断る理由はないようだった。
「あの獅子みたいな顔のおじさん、意外と優しかったですよー。でも、よかったですね。これでここの獣人さんたちに、世界一可愛いボクの姿をもっと見せてあげられます。あっ、今度はべつのドレスも着たいです!」
「お前はなにをしにスレイヤに付いていった?」
「あっ、色々教えてもらいにです。ほら、ボクたち人間からしたら、異種族のことって知らないことが多いですから。それに……」
するとフェイは、誇らしげに胸を叩いた。
「言ってあげたんです。ボクたちが悪しき勇者たちの手から、ちゃんと皆さんを守ります、って!」
「フェイ殿の性格はともかく、そう言ってもらえるのは心強い」
「えへへ~感謝してくださいね~♪」
スレイヤとフェイは張り合ったりもしていたが、相性は悪くないようだ。
もっとも、俺にとってはたいして興味あることではないが。
すると、スレイヤはふいに表情を緩めた。
「本当に……感謝する。フェイ殿」
「なんですか、改まって……」
「私の本音だ。勇者や《獣狩り》……どれほど邪悪な敵が現れようとも、レイズ殿やフェイ殿、そしてシルファ殿やアージュ殿という仲間がいれば、私はこれからも決して膝を折ることなく、立ち向かうことができる。皆と出会えて……よかった」
「スレイヤ……」
スレイヤは深々と頭を下げた。フェイが気恥ずかしそうに咳払いする。
たしかに、出会いというのは奇妙なものかもしれない。
俺とシルファがそうだったように。
植木に囲まれた通路から、アージュとシルファが戻ってくる。
「レイズ様、あちらにすごく綺麗なお花がありましたよ」
「すごく変な鳥も見つけた。くちばしが七色になってる」
「ははっ、さすがシルファ殿たちは目ざといな」
楽しそうに説明を始めるスレイヤと、興味津々に耳を傾けるアージュとシルファ。
いつの間にか増えた同行者たちを、俺はなにげなく眺めた。
「ねぇねぇ、レイズさま」
ふと、フェイが隣で俺を見上げていた。
「レイズさまのことを好きな人たちが、いっぱいるんですね」
「なにが言いたい?」
「恋のライバルが多くて大変だなぁ、ってことです。あっ、もちろんレイズさまのお嫁さんになるのはボクに決まってるんですけど」
相変わらず、本気か冗談かわからない口調だった。
距離の近い俺たちに気づいたシルファたちが、なにやら文句の声を上げる。
「でもいいですね、こういうの。なんだか……仲間っていうか、家族っていうか」
「家族……か」
俺はいつかシルファが言っていた、あの言葉を思い出す。
家族は沢山いていい。
その意味が、いつか俺にも理解できるのだろうか。
「ええ、とっても温かくて尊いです。だから――」
そのとき、俺はフェイから目を離したわけではなかった。
だがその姿を見失う。
刹那を超える速さ。
辺りに、ひどく鈍い音が響いた。
花壇に大量の血が飛び散る。
「がっ……」
苦悶の悲鳴が、スレイヤの口から漏れ出る。
シルファが、アージュが、それを目撃した全員が固まっていた。
たったひとり、会心の笑みを浮かべる者を除いて。
「だから、壊しがいがありますよね♪」
フェイの腕が、スレイヤの心臓を貫いていた。
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