第48話 獣人の侍従
近くにあった小さな食堂に入った。
猫耳の少女は、申し訳なさそうに肩身を狭くしている。
「あのぅ……さきほどは大変失礼をいたしました……。ワタクシ……獣人族の王城で、侍女をしております……」
蚊の鳴くような声で少女が答える。
「侍女……メイドさん?」
「はいぃ……」
シルファたちは改めて少女を観察した。
ロングスカートに前掛け。頭には猫耳の邪魔にならないよう穴の空いた頭巾を被っている。確かに、そう評してもおかしくない格好だった。
「メイドさんが、どうしてわたしたちを見ていたの?」
「そそそれはですね……貴女がたの近くから、その、匂いがしましてぇ……」
「匂い……?」
「ワタクシの探している御方の匂い……です」
シルファとアージュは顔を見合わせ、なにげなく自分たちの身体を嗅ぐ。
「あっ、だだ、大丈夫です。匂いと言いましても、獣人にしかわからない程度のものですのでぇ……」
「そう」
「であれば、直接話しかけていただければ……」
「はいぃ……。そうなのですが、わわ、ワタクシ、異種族の方が怖くて、つい……。こんな時世でもありますし……」
獣人のメイドは申し訳なさそうに縮こまった。
確かにスレイヤの話にあった《獣狩り》のことを考えれば、警戒して臆病になったとしてもあながちおかしくはなかった。
「それで、あなたの探してるひとって、もしかして獣人?」
「は、はいぃ……。はっ!? い、いえいえ、そそそ、それは秘密なのです……!」
急に慌てて否定するメイドを、シルファたちはぽかんと見つめた。
「どうして……ですか?」
「それはそのぅ……。ワタクシの身分では口外できないと申しましょうか、厳命されておりますがゆえと申しましょうか……」
「なんだか……複雑なご事情、なのですね」
「は、はいぃ……ご理解いただき、ありがとうございますぅ……」
優しく同情するアージュと涙ぐむメイドを前に、シルファは小さく嘆息した。
「それで、あなたの探しているひとは、見つかったの?」
「いえ……それがそのぅ、見失ってしまいまして……」
「じゃあ、一緒に探す?」
「え……そそ、そのようなこと……よろしいの、ですか?」
「べつにそれくらい。ね、アージュ?」
「はい。困っている人を前にして、放っておくことはできません」
「ななな、なんというお優しき方々……とと、とても心強いですぅ……」
獣人のメイドは、猫耳をぴんと立てながらシルファたちに感謝を示す。
だがそのときだった。シルファたちに、大柄な影が近づいてきた。
「――おい、こんなところに獣人がいやがるぞ」
その場に現れたのは、鎧姿の兵士たちだ。
露骨な嘲りと敵意の視線でシルファたちとメイドを見下ろしている。
「なななっ、なんですかあなたたちは……!?」
「首をとって、勇者様に献上しないといけねえな」
「おっ、連れのふたりは随分綺麗な顔してるじゃねーか。まだ少々ガキのようだが……獣人を始末したら、楽しませてもらおうぜ」
下品な笑い声を上げて、兵士たちが迫る。
獣人のメイドはがたがたと震え上がっていた。
それでも真っ先に逃げ出すことはなく、あろうことかシルファたちを守るように、男たちの前に立ちはだかった。
「いいい今のうちですっ! にににっ、逃げてくださいぃ……!」
「大丈夫。ここは、わたしたちに任せて」
「え?」
「イオナの出番」
シルファがぱちん、と指を鳴らした。
それに呼応し、突然兵士たちの前に、幻影魔法を解除したイオナが姿を現した。
真紅のローブと、素顔を覆い隠す不気味な仮面。
浮世離れしたその姿に、兵士たちがたじろぐ。
「な、なんだこいつ」
「奇妙な格好しやがって……!」
兵士たちが臨戦態勢を取る。
シルファは慌てることもなく、淡々と命じた。
「やって。死なない程度に」
「承知しました」
イオナが手をかざす。
途端、兵士たちの頭に炎が灯った。
「―――――へ?」
燃え上がったみずからの頭を不思議そうに見上げる。
遅れてようやく、致命的な熱が兵士たちに襲いかかった。
「ぎゃあああああああああああああああ!?」
「ひっ、ひっ、火ぃいいいいいいいいいいいいいい!!」
兵士たちがその場で転げ回る。だが自然発火とは違い、魔力によって紡がれた炎がそう簡単に消えることはない。
しかもかつて伝説の魔法使いと呼ばれた女の炎だ。
兵士たちは死に物狂いの形相で、その場から一目散に逃げ出した。
緊迫した表情で事態を見守っていたアージュも、ようやく胸をなで下ろす。
「大丈夫?」
「えっ、は、はいぃ、ワタクシはもちろん……」
「ならよかった」
平然と紅蓮の魔法使いを従えるシルファに、アージュが尊敬の眼差しを向ける。
「シルファさん、かっこよかったです。なんだか、レイズ様のようでした」
「ううん。全然ちがう」
「そうでしょうか?」
「うん。だって……」
シルファがわずかに寂しそうに、声を落とした。
「レイズなら、迷わず殺してた」
アージュの顔色が曇る。
それを否定することが、アージュにはできなかった。
「ともかく、早くレイズたちのところに戻らないと」
「そうですね。それにしても……」
「どうかしたの?」
「いえ、その……。先ほどの兵士の方々の鎧に入っていた紋章。あれは、グランダレム王国のものです。なぜこのような辺境の町に、王国の兵士たちが……」
「あ……!」
獣人のメイドが急にあさっての方向を向いた。
くんくん、と忙しげに鼻を鳴らしている。
「どうしたの?」
「ああ、あちらから、ワタクシの探している方の匂いがします……!」
「じゃあ、そこまで一緒に行く。また危ない目に遭うかもしれない」
「うう……あ、ありがとうございます……! で、ではここっ、こちらです! ともに参りましょう!」
慌ただしいメイドに導かれ、シルファたちは走り出した。
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