第47話 痕跡を追って
真っ先に慌てふためいたのは、スレイヤだった。
さきほど治安の悪さを目の当たりにしたばかりで、当然の反応ともいえる。
「ま、まさかシルファ殿が人間に見つかり、捕えられたのでは!?」
「うーん……確かに人間が魔族を見つけたら、野放しにはしないですねー。でも、シルファちゃんはイオナの魔法で見た目を変えていたはずですけど」
「で、では誘拐!? さては身代金目的か!?」
「どこの誰かもわからない相手を誘拐して、どーするんです?」
「そ、それはそうだが……と、とにかく事態は一刻を争う! 今この瞬間にも、シルファ殿とアージュ殿に危険が迫っているかもしれぬ!」
「いや、それはない」
俺は冷静に否定した。
スレイヤが面食らったようにまばたきする。
「な、なぜだ?」
「イオナだ」
仮面の魔法使い。俺の反転魔法によって生まれた忠実なる人形。
「もし仮に、何者かがシルファたちに危害を加えようとしたのなら、この一帯はすでに火の海になっている。そう命じている」
俺がイオナに施した行動原理。
なにを差し置いてもまず、ふたりの身の安全を確保すること。
イオナの大火力をもってすれば、火の海とはいかずとも、戦闘となれば大きな騒ぎになることは必須だ。
「それに、シルファもアージュも愚かではない」
「それはどういう……」
「ただ気まぐれで姿を消したわけではない、ということだ」
俺の言葉に、スレイヤはいくらか落ち着きを取り戻したようだった。
「な、ならばよいのだが……。しかし、いったいどうして……」
「わかりました! きっとボクとレイズさまの愛に負けを認めて、身を引くことを選んだんですよ」
「なにか心当たりはないか? レイズ殿」
「ちょっと! 無視しないでください~!」
憤慨するフェイと思案するスレイヤの前で、俺は可能性を考慮した。
考えられることはそう多くはない。たとえば――
「なにかを見つけた、という可能性はある」
「なにか?」
シルファたちが重要だと判断するもの。
俺たちは獣人の国を目指し、そしてスレイヤは、同胞を手にかけた《獣狩り》を探している。
「《獣狩り》につながる痕跡、などだ」
「なんと……」
スレイヤは感心したような顔をしている。
だがもちろん、ただの推測だ。根拠はない。
「ではなおさら、ふたりを探し出さなければならない」
「それほど大きな町ではない。そう遠くには行っていないだろう」
「よーっし! それじゃあシルファちゃんとアージュちゃんの捜索にしゅっぱ~っつ、ですね♪ ……って、まずどこから?」
フェイが呑気に首をかしげる。
その横で、スレイヤが鼻を鳴らした。
「あちらから……かすかにシルファ殿たちの匂いがする……!」
「さすがは獣人族だな」
「れ、レイズ殿にお褒めいただいてしまうとは……感激である!」
スレイヤが恥ずかしそうに獣耳を動かす。
「ぼ、ボクだってそれくらい……くんくん……くんくん……?」
俺はスレイヤに先導を頼み、さっさとその場を後にした。
「あっ……なんだか酒場のほうから食べ物のいい匂いがします……ってぇ! ちょ、ちょっと置いて行かないでくださいよ?! レイズさま?!」
△▼
「あのぅ……シルファさん」
「なに?」
「よかったのでしょうか? 私たちだけで勝手にこんなことをして……」
「わざわざレイズの手を煩わせることじゃない。それに、ふたりのほうが相手に気づかれにくい」
シルファは迷いなく答えた。
ふたりは町をレイズたちとは反対の方角に向かって進んでいた。
無論、散策のためではない。
「さっき、わたしたちを見ていた怪しい人影がいた。アージュも見たはず」
「は、はい……ちらっとですが……」
レイズと別れた直後、シルファは誰かの視線を感じた。
振り返ると、ローブで姿を隠した怪しげな人影がこちらを見ていた。だがシルファたちの視線に気づくと、慌てて逃げ出した。
シルファはアージュと話し、その人影を追跡しているのだった。
「まだ近くにいるはず。完全に逃げられる前に見つけ出さないと」
「はい……。でも、もし危険な相手だったとしたら……」
「危険なら、わたしたち相手に逃げたりしない」
「な、なるほど……シルファさんは冷静ですね」
アージュは先ほどから不安そうにそわそわとしている。
だが、それは自分たちの身を案じているわけではないようだった。
おそらく、レイズのことが気がかりなのだろう。
「それに、レイズはそんなに心配してないと思う」
なるべくアージュを安心させようと、シルファは言った。
「どうしてですか?」
「わたしたちがもし危ない目に遭っていたら、イオナが自動的に力を使う。もしそうなったら、辺り一面が焼け野原。でもそうなってない。レイズなら、そう考える」
アージュは唖然として、シルファと、後方で姿を消したまま付いてきているイオナを振り返った。抱いたのは複雑な感情だった。
素直に味方、とは言い難い相手。
だがその力がどれほど凄まじいものであるかは、かつてイオナによって拉致され拘束されたアージュ本人がよくわかっていた。
「……すごいですね」
「大丈夫。あれはレイズの命令に忠実。勿論、わたしたちにも」
「いえ、そうではなくて……。シルファさんは、レイズ様のことをよくわかっていらっしゃるのだと思って……」
シルファが不思議そうにアージュを見た。
「それを言うなら、アージュのほう」
「え?」
「わたしは、以前のレイズを知らないから」
「あっ……」
アージュはなにげない自分の言葉を後悔した。
それはすなわち、レイズが妹を失う前。まだ平穏のなかにいた頃のレイズだ。
たとえそれが、偽りの穏やかさであったとしても。
「教えて。その頃のレイズは、どんな感じだったの?」
「それは……」
アージュは過去を振り返る。
大神殿で出会った頃。ほとんど話したこともなかったが、アージュにとって、レイズの存在は特別なものだった。
「……なにも、お変わりではありません」
「そうなの?」
「はい、今と同じでとても優しく、そして――強い御方です」
アージュは確信をもって答えた。
シルファはそれに同意するかのように微笑む。
「わたしは、もっとレイズの役に立ちたい」
「はい。私もそう思います」
アージュと互いの結束を確かめ合ったときだった。
ふいにシルファは、再び見知らぬ誰かの視線を感じ取った。
「――いた」
「え……?」
シルファが示した先。
やせ細った木の陰に、びくりと跳ね上がるローブ姿があった。
小柄で華奢だ。女か子供だろうか。
向こうも気づいた。途端、脱兎のごとく背を向けて走り出す。
「いました!」
「今度は逃さない」
「はい!」
シルファとアージュは全速力で駆け出す。
だが意外にも、追走劇はあっけなく幕が落ちた。
追いかけようとしていたローブ姿が勝手に足をひっかけて転び、顔から地面に突っ込んだからだった。
「ぎゃふんっ!」
シルファとアージュはあっけにとられる。
「転んだ」
「転び……ましたね」
尻を突き出して顔を抑える後ろ姿に、シルファたちは恐る恐る近く。
するとそれに気付いたローブ姿は、慌てふためいた様子で、その場で頭を地面にこすりつけた。
「ごごごめんなさささいいぃ……!」
「あなたは……」
転んだ拍子に、ローブのフードがめくれ、素顔が露わになっていた。
そこにいたのは、頭から猫のような耳を生やした、獣人の少女だった。
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