第45話 現地調査

 俺たちは国境沿いにある鉱山の町に入った。


 王都やバルペインの城下町に比べると辺境の土地であり、その分治安も悪い。


 相変わらずこうして外を歩くときは、イオナの変化魔法によってシルファには魔族の姿を隠させている。

 どこで魔族狩りをする人間どもに出くわすかわからないからだ。


「ところで、レイズ殿。なぜレイズ殿は、魔族であるシルファ殿と一緒に行動をともにしているのだ?」


 スレイヤがシルファの変化後の姿を見ながら言った。


「話せば長い。それにつまらない話だ」


「わたしは、レイズに命を助けてもらった」


「おおっ、そうなのか! では私とシルファ殿は同じ境遇の友だな!」


「うん。友達」


 シルファとスレイヤがぶんぶんと腕を振って握手を交わす。

 なにかふたりには気の合う性質があるのかもしれない。


 そんなシルファたちを、フェイは気のない様子で眺めている。


「うんうん友情って素晴らしいですねー。まあ、ボクは友情よりも愛情を重視する派ですけど。ということでレイズさま~♪ ボクと一緒に、どこかへお出かけしません?」


「ふぇ、フェイさん。またレイズ様にそのように密着して……」


 アージュが恥ずかしそうにフェイを嗜める。だがフェイはどこ吹く風だ。


「いーんです。ボクはレイズさまのお嫁さんなんですから」


 耳のいいスレイヤがぎょっととする。


「な、なに? そうだったのか?」


「ちがう」


 シルファが即座に否定する。


「あっ、ごめんなさい。今はまだ、レイズさまの婚約者でしたね♪」


「それもちがう」


「じゃあ……レイズさまはひょっとして……ボクの白馬の王子様!?」


「もっともっとちがう」


「はぁ……ワガママですねぇ。じゃあなんだったらいいんですかぁ?」



「なんでもダメ。存在するだけで、ダメ」

「し、シルファちゃん! ボクにちょっと当たりがキツくないです~!?」


 騒がしいふたりを前にして困惑するスレイヤに、俺は一言だけ答える。


「そいつは、ただの手駒だ。それ以上の理由はない」


「そ、そうか……」

「それより、スレイヤ」

「なんだ? レイズ殿」


「《獣狩り》は、勇者の手の者かもしれない」


 途端、スレイヤの表情が強張った。


「ど、どういうことだ?」


「勇者ディーン・ストライアは、魔族に続いて獣人族を滅ぼそうとしている。俺たちが獣人族の国を目指しているのは、それが理由だ。《獣狩り》が獣人を狙っているのだとすれば、奴の放った刺客だという可能性がある」


「人間の勇者の……」


 唖然とするスレイヤ。俺はフェイに目を向ける。


「ん? ボクの世界一美少女な顔に、なにか?」


「ちなみにそこにいるのが、《七人の勇者》のひとりだ」


「なっ、なにっ……!?」


 スレイヤが色めきたち、咄嗟に刀の柄に手を触れる。


「ちょちょっ!? も、もしかして、ボクを疑っているんですか!?」


「可能性は捨てきれない」


「そ、そんなぁ~ひどいですよぉ~」

 フェイはわぁっと顔を覆った。実に雑な泣き芝居だった。


 だがスレイヤは、すぐに抜刀の構えを解除した。


「……いや、杞憂だったな。フェイ殿は《獣狩り》などではないと断言できる」


「どうしてだ?」


「《獣狩り》は、姿も音もなき虚ろの存在。このようにかしましければ、静かに敵を殺すなどできようはずもない」


「なるほど。一理ある」


「変な納得しないでください……! ぶぅー、失礼ですよまったくっ!」


 フェイが抗議の声を上げた、そのときだった。


「――おい、あっちで獣人が襲われているらしいぞ」


 近くにいた炭鉱夫たちの声がした。


 辺境のこの町では荒事にも慣れているのか、男たちは娯楽を楽しむかのような口ぶりで噂話をしている。


 本来なら、ただの諍い事に興味はない。

 だが獣人が関わっているというのなら少々事情が変わる。


「まさか……《獣狩り》が現れたのか!?」


 スレイヤの反応は早かった。

 尾の毛をハリネズミのように逆立たせている。


 件の《獣狩り》がそう簡単に姿を現すとは思えないが、確かめる価値はある。

 俺は不安そうにしているアージュとシルファに言った。


「シルファたちはここで待ってろ。すぐに戻る」


「は、はい……」


「うん。わかった」


 俺はひとりで行くつもりだったが、すでに残りの二名は臨戦態勢だった。


「ボクが愛しのレイズさまを守ります……!」


「私がレイズ殿の刀となろう!」


「いやボクが!」

「私が!」


 フェイとスレイヤは鼻を突き合わせて張り合っている。俺は嘆息した。


「……来るのか来ないのか、どっちだ」


「「行く!」」


 俺の言葉に、ふたりは猛烈な勢いで頷いた。

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