第55話 夜に咲く花々
獣人族の城に留り、夜を迎える。
俺はひとり、城のバルコニーから城下町を見下ろしていた。
風土は異なれど、決して文化水準も技術も、人間の国と劣るものではない。
眼下に広がるのは発達した街並みと、無数の灯り。
まるでそのひとつひとつが、命の灯のようだった。
「――レイズ、お待たせ」
とっくに気づいていたふたつの気配に、振り返る。
そこに、見違えた容姿のシルファとアージュがいた。
シルファは普段の衣装とは異なり、純白のドレスだった。
清廉な白に真紅の瞳がよく映えている。
一方、アージュは翡翠色のドレス姿だ。
身体の線にフィットするような細身の衣装。長い金髪は丁寧に編み込まれている。
非の打ちどころがない、完成されたふたつの美がそこにあった。
「ねぇ、どう?」
「ど、どうでしょうか……」
俺が気になったのは、彼女たちのドレス姿が似合っているかどうか、ではない。
なぜそんな恰好をしているか、ということだ。
「なぜ、そんな恰好をしている?」
思ったままのことを声に出す。
「だって、舞踏会だよ」
「話を聞いたところ、ただの儀礼的な催しのようだが」
「あ、あの……獣人族の方には、伝統的に踊りの風習があるのだとお聞きしました。その、どうやら私たち人間の舞踏会も、もとは獣人の方々の習わしが伝わってきて、王様や貴族に広まったものらしく――」
「そんなことは聞いていないが……」
文化や歴史の講釈に興味はなかった。
「あのね、それで、レイズと踊りたいなって。ね、アージュ?」
「そそそそれは……! 確かに、そう、なのですが……」
シルファに促され、アージュは頬を真っ赤に染めている。
意図は理解したが、あまりにもお門違いだ。
「俺は、ただの神官だ。貴族の作法など心得ていない」
「大丈夫。わたしがリードする」
「できるのか?」
「……って、アージュが言ってた」
「ええぇ!? し、シルファさん。私、そんなこと言ってません……!」
一方、俺は思索にふけっていた。
シルファがそれに気づき、城の中を振り返る。
「ところで、あのメイドの子、なんだか落ち込んでたけど……。なにかあったの?」
「たいしたことじゃない。ただ、いくつか質問をしただけだ」
俺はわざわざ説明はしなかった。
それよりも、その場に増えた人影が気になっていた。
「次から次へと……。シルファたちはともかく、お前はなんのつもりだ?」
柱の陰から、フェイが姿を現した。
「ねーねー見て見てー、レイズさま♪」
波打つスカートが特徴的なドレス姿のフェイがいた。
髪型も多少変わり、花飾りなどを付けている。
フェイがその場でくるりと身を翻すと、スカートがふわりと広がった。
「えへへ~似合ってますか? もっちろん似合ってますよねぇ?」
「どうも思わない」
「そ、そんな……! こんな夜空に咲く一番星のようなボクに向かって~!」
シルファがしきりに頷くと、フェイはさらに憤慨した。
「あ、あの、可愛らしいですよ、フェイ、さん……」
「でっしょー! さっすが、聖女さまは見る目ありますよねぇー」
一方、スレイヤは着飾った仲間を満足げに眺めていた。
「シルファ殿とアージュ殿、実に美しい。あと、ついでにフェイ殿も」
「どうしてボクがついでなんです?!?」
俺はふと、スレイヤに目を向けた。
三人が三人とも華やかなドレス姿のため、逆にひとり剣士姿のままのスレイヤが浮いている。
「? レイズ殿、どうかしたのか」
「……いや」
「ねえ、レイズ。それで、誰と踊るの? 誰でもいいよ」
シルファの言葉につられ、俺は全員を見渡した。
ほんの少しだけ考えを巡らせる。だが、答えはすぐに出た。
俺は腕を持ち上げ、まっすぐに彼女を指さした。
そしてもっとも意外であろう人物を、指名する。
「では、お前と踊ろう」
「え――?」
俺が指さした相手。
それは、きょとんとした表情で獣耳を動かす、スレイヤだった。
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