第54話 獣人族の城

 牛車が城下町の大通りを進んでいく。


 俺たちはその客室から、異国情緒あふれる町並みを漫然と眺めていた。


「ねぇねぇ、レイズ。この馬車乗り心地がいいね」


「シルファちゃん、これって馬じゃなくて牛じゃない?」


「珍しいですね……獣人の国では普通なのでしょうか」


 三人の会話を俺は無言で聞いていた。

 牛車、と言った通り、荷である俺たちを乗せて引いているのは馬ではなく牛だ。立派な角と引き締まった体躯を持つ二頭の猛牛が、滑らかに整地された土道を進む。


 俺たちは使者を名乗る獣人によって、丁重な案内を受けた。


 目指す先は、獣人の国の中心地――王城だ。


 興味津々なシルファたちに比べて、スレイヤと獣人のメイドは浮かない顔だった。


「ずいぶんと口数が少ないな」


「え? いや、そんなことはないのだが……」


「そそそっ、のとおりでございますぅ……」


 だが実際ふたりとも静かで、その獣耳は力なく垂れ下がっていた。


「レイズ、獣人族の城が見えてきたよ」


 シルファの言葉に、アージュも外を覗く。


「あれが、王様のお城でしょうか?」


「ううん。獣人族には王がいない。国民によって代表が選ばれる。そういう仕組みをつくってる」


「その通りだ。シルファ殿は博識なのだな」


 シルファは相変わらずすらすらと答え、アージュやスレイヤを感心させた。


「人間のお城とは、ずいぶんと意匠が異なりますね」


「魔族の城ともちがう。魔王城を建て直すとき、参考にする」


 しげしげと獣人族の城を見上げるシルファの頭には、再建された魔王城の威容が浮かんでいるのかもしれなかった。


      △▼


「ご足労いただき感謝します。人間と魔族の方々」


 謁見の間で、俺たちは大柄な獣人と対面していた。

 太く鋭い牙に、雄々しい鬣。

 視線を向けられたアージュが、びくりとアージュが怯える。一方、人外の魔物にも魔獣にも慣れたシルファは平然としていた。


「獣人族の元首か」

「いかにも」


 威風堂々とした姿は、確かに一族の首長たるにふさわしい迫力を備えていた。


「なぜ、俺たちをここに呼んだ」

 俺は単刀直入に切り出した。


「無論、御礼を申し上げるためです。昨日の商業都市で起きた事件を、あなたがたの手で解決していただいたと、報告を受けております」


 俺たちを連れてきたローブ姿の獣人が頷く。


「我々は、あの者たちが《獣狩り》だったと考えています」


 鬣の元首は、理知的な眼差しを見せた。


「《獣狩り》と呼ばれる敵の存在は、我々も把握はしていました。これまで複数の砦や街が、あれによって壊滅させられている。今回の敵も、明らかに同じ手口……。だがその脅威は、あなたがたの活躍により排除されました」


「そうだといいがな」


 俺はあえて否定することはしなかった。

 それは単純に、そうするだけの根拠を持ち合わせていなかったからだ。


「どうか国を代表して、礼を尽くさせていただきたい」


 鬣の元首は、深々と俺に頭を下げた。

 断る理由はない。

 それにシルファたちの手前、身体を休めるにはちょうどいい機会だ。


「わかった。ではしばらく世話になろう。シルファやアージュたちに、上等な食事と寝床を用意してくれ。それからスレイヤの手当も」


 獣人の元首は深々と頷くと、ふと口元を緩めて奇妙な言葉を続けた。


「幸いにして、我らの姫君も、あなたのことを気に入っておられるようです」

「姫……?」


 シルファが謁見の間を見渡す。

 だがそこに、それらしき人物はいない。


「ああ、どうかお気になさらずに。……ところで、ドレスはお好きですか?」

 鬣の元首が、シルファとアージュを見て尋ねた。


「あの……それはどうしてでしょうか?」


「いえ、夜にささやかな催しを予定しており……よければぜひご参加ください」

 

 鬣の元首は低く唸り、目を細めて牙を剥いた。

 獲物を狙う獣の顔にしか見えないが、どうやら笑ったらしい。

 とりたてて断る理由もない。俺たちは素直に承諾した。


 それよりも、ひとつ気になることがあった。


「――さきほどから、スレイヤの姿が見えないようだが」


 俺は部屋の隅で存在感を消している、あの獣人のメイドに向けて言った。


 びくっ、とメイドは尾がぴんと逆立て、全身を硬直させる。


「話、を聞かせてもらおうか」

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