第51話 見えざる足音

 獣人族の商業都市は、活気に溢れていた。


 行商人やその商品を求める客、そして都市に暮らす住人たちが賑やかに通りを行きかっている。大きな港にはいくつも船舶が停まり、交易の中心地となっていた。


 俺たちの大本の目的は、ディーンの目論見を阻むことだ。


 そしてスレイヤにも、同胞を大量に殺した《獣狩り》を倒すという目的がある。つまりいずれにせよ、遊びではない。


 だがそんなことをまったく意に介さない者が、一名いる。


「ねーねーレイズさま! ボクとデートしましょう!」


 フェイは俺の腕に抱きつき、胸を押し当てた。


「たまにはのんびり、休息も必要じゃないです? あ、あっちの市場のほうに行ってみませんか? 世界一可愛いボクに似合う宝石とか売っているかもしれないです!」


 殺気を放つシルファを、アージュが必死になだめる。

 スレイヤもしびれを切らしたように声を上げた。


「ええい! なにを先ほどから浮かれているのだ!? いつこの街に《獣狩り》が現れるかもしれんのだぞ!」


「ふぅーん。じゃあスレイヤは、レイズさまとお出かけしたくないんですね」


「なっ、なに? それは……」


「ふふっ、ほんとはしたいんでしょ??」


 スレイヤは舌戦ではあっさりとフェイに追い詰められる。


「否ッ! 断じて否だ! 私はそのようなものには興味はない! ないのだが……」


 スレイヤはちらりと俺に視線を向けた。

 毛並みのいいしっぽが、振り子のように左右に揺れている。


「なんだ?」


「い、いや……! それより、この街では私のほうが勝手を知っている。行きたい場所や必要なものがあれば、案内してやろう」


「では頼もう。ひとまず宿探しだ。それから道具や食料の買い出しを」


「じゃあわたし、買い物に行く。アージュも行く?」


「はい、ぜひ」


「あああのぅ、この街のことでしたら、ワタクシもご案内ができますゆえ……」


 おずおずと獣人のメイドが手を挙げる。


「では一旦分かれるとしよう」


「はーい♪ それじゃレイズさま、行きましょうか?」


 なんの迷いもなく俺に付いてこようとしたフェイの襟首を、シルファが掴んだ。


「フェイはこっち」


「ななっ……なんでですかー!」


「重いもの運んだりするからフェイがいたほうがいい。あと、レイズが危険」


「この世界一華奢なボクに荷物運びって……ってか危険ってなんです!?」


「反論は許さない」


 珍しく高圧的なシルファが、フェイを強引に引っ張っていく。アージュが俺に手を振り、獣人のメイドを先頭に雑踏に消えていった。


「まったく……フェイ殿は相変わらず騒々しい」


 そう言うスレイヤの顔には、手のかかる妹を見るような情があった。


「あまり気を許すな。あいつは元々、敵側の人間だ」


 アージュのときと同じく、俺は念のため警告した。


「わかった。だが、フェイ殿のことは信頼している。あの暴漢に襲われていた獣人を助けたとき、フェイ殿は一緒に怒ってくれたからな」


「それはただ、奴の血の気が多いだけだ」


「ははっ、そうであるかもしれぬな。では行こう、レイズ殿」


 スレイヤは晴れやかに笑い、俺を街へと誘った。


      △▼


 夕刻の街。


 スレイヤの案内もあり、つつがなく上等な宿を見つけることができた。


 その帰り道、俺たちは街を散策していた。

 スレイヤは俺とふたりで歩くのが嬉しいのか、勢いよく尾を振っている。


「レイズ殿、獣人の街はどうだ?」


「人間とたいして変わらないな。いや、ここに限って言えば、王国よりも栄えている」


「ありがとう、レイズ殿。実に光栄な褒め言葉だ」


 スレイヤは上機嫌に微笑み、弾んだ足取りで俺の先を歩いた。

 だがふと、スレイヤは立ち止って俺を振り返る。


「レイズ殿……本当に、ありがとう」


「ただの世辞だ」


「いや、そのことではなく……。二度も同胞を救ってくれたことだ。レイズ殿と出会えて……本当によかった。心より感謝している」


 スレイヤは丁重な仕草でお辞儀をした。


 使い込まれた傷だらけのガントレットに胸当て。そして腰に吊るした二振りの刀。

 明らかに殺伐としているはずのその姿には、なぜか不思議と気品や高貴さに近いものが見え隠れしている。


 それに近い者を俺はよく知っている。

 なんのことはない、シルファに似ているのだ。

 魔王の娘であり、魔族の王女であるシルファと。


「そういえば、まだレイズ殿たちの旅の目的を聞かせてもらっていなかったな」


 なにげないスレイヤの問いに、俺はしばし沈黙した。


「レイズ殿?」


「俺の目的は、《七人の勇者》への復讐だ」


「……!」


「勇者ディーン・ストライア、そして奴らに従う愚かな人間どもから、俺がこの手ですべてを奪う。それが俺の、唯一の目的だ」


 スレイヤは息を飲み、言葉を失っていた。

 それでも衝撃から立ち直り、かろうじて言葉を紡いだ。


「わ、私にも、レイズ殿のお役に立てればよいのだが……」


「必要ない」


 俺は無下に即答した。

 そこで俺は、自分が嗤っていることに気づいた。


 あるいはそれは、俺ではなく、魔王の笑みだったのかもしれない。


「これは俺の復讐だ。誰にも……邪魔をさせてなるものか」


 俺は心の中のリザに語り掛け、そう約束した。


 奴らの苦しみを、人間どものを苦しみを、リザに捧げ続けるために。


 ああ……きっとリザも、喜んでくれるだろう。


 そしてまた昔のように、俺に微笑んでくれるはずだ。


「レイズ殿……」


 スレイヤが俺に触れようと、手を伸ばす。



 耳をつんざくような悲鳴が聞こえたのは、その直後だった。


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