第29話 激突

 屋外にある塔の最上階は、さながら天空の宮殿だった。


 頭上には地上よりも近くに蒼穹と雲が流れ、周囲は荘厳な石柱に囲まれている。

 その中心でイオナが悠然と俺を待っていた。


「ようやくちゃんと会えたわね、神官」


 俺はイオナと正面から対峙する。

 イオナは豊満な胸の前で優雅に腕を組み、こちらを値踏みするように見据えている。


「まさか生きていたとは思わなかったわ。これも神のご加護ってやつかしら?」

「俺に神の加護などない」

「あらそう。それじゃあるのは、魔王の加護かしらね」


 イオナが不敵な笑みを浮かべる。向こうもなにかを知っているらしい。

 俺は別れ際にシルファからもらったイオナの能力を、頭のなかで確認した。



《クラス》

 【魔法使い】


《スキル》

 【戦闘経験】……戦闘中に発生する事象を正しく把握する

 【無詠唱】……魔法の呪文詠唱を省略する

 【多重起動】……二種以上の魔法を同時に発動する

 【魔力増幅・冥】……すべての魔法の効果を増幅する(極大)

 【天賦の叡智】……魔法発動による魔力消費をゼロにする

 【魔力解体】……自身に接触した敵対魔法の魔力を分解する

 【魔法隠蔽】……自身の保有する魔法の詳細を隠蔽する

         ただし一部の看破スキルには無効化される

 【理の創造主】……詳細不明


《魔法》

 【ヨタフレア】……攻撃魔法/属性:炎/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【ヨタブリザード】……攻撃魔法/属性:氷/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【ヨタサイクロン】……攻撃魔法/属性:風/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【ヨタライトニング】……攻撃魔法/属性:雷/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【ヨタジオイド】……攻撃魔法/属性:土/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【エア】……飛行魔法/属性:風/魔法ランク:Ⅲ/汎用

 【アビスウォール】……防御魔法/属性:闇/魔法ランク:Ⅳ/固有

 【――】……詳細不明

 【――】……詳細不明

 【――】……詳細不明

 ……



「あたしの能力を覗き見? でも大事なところは迷彩されているはずよ」

「そのようだな」


 秘匿系の《スキル》により一部が隠蔽されている。

 だが、恐れる理由にはならない。


「ねぇ、神官。これがなにか覚えている?」


イオナが手のひらに、いくつもの虹色の光を浮遊させた。


 思わず見とれてしまうような幻想的な輝き。

 だが俺は知っている。

 それらが一瞬で人間を灰に変える高熱の塊であることを。


「言っておくけど、あたしはあんたもあんたの妹も、憎かったわけじゃないのよ? ただ痛みに泣き叫ぶ声が聞きたかったし、肉片が焦げる匂いをかぎたかっただけなのよ。だってそれが、あたしの生きる目的だから」


 イオナの手のひらで、炎が凶暴に暴れまわる。


「あんたもこの熱で満たしてあげる。妹と同じく……ね」


「この世で叶う限りの地獄を、お前に与える」

「やってみなさい、神官」


 直後、イオナの攻撃魔法と俺の反転魔法が同時に発動した。



 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【ヨタフレア】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし


 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし

 【オルタ・レイザー】:目標に命中。【魔力分解】により弱体化。効果なし


 無数の光と炎が乱舞し、激突し、消滅する。


 双方が絶対無二の防御手段を展開し、同時に一撃必殺の攻撃手段で応酬する。

 おそらく有史以来、最も極限に近い超高度の魔法戦。


 【ヨタ・ライトニング】:回避。効果なし。

 【ヨタ・サイクロン】:自身に命中。【オルタ・フォース】により弱体化。効果なし

 【オルタ・トリト】:目標に命中せず。【アビスウォール】により無効化。効果なし


 俺は反転魔法と強化した肉体でイオナの攻撃を防ぎ、イオナは最上位の防御魔法とスキルで俺の攻撃を防ぐ。

 

 攻防に塔が激震する。


「あははははっ! やるわねぇ神官! あたしと戦ってこんなに生きているのは、人間でも魔物でも初めてよ!!」


 こちらも同感だった。

 イオナは嬉々として魔法を放ち続ける。


 【無詠唱】による《魔法》の即時発動はもとより、一般的な魔法使いとちがって、イオナは杖すら持たない。必要ないからだ。この女に自身を強化する装備や道具など、なにひとつ。


「ああ、そういえば、あんたの妹を殺した《魔法》に名前をつけてみたの。悩んだんだけど……【ファイアワークス】っていうのはどうかしら?」

「好きにしろ」


「ふふっ……じゃあさっそく、あんたも喰らってみなさい!!」


 虹色の業火が俺を飲み込む。

 どんな生物や物質でさえ一瞬にして灰に変えるであろう超高熱。


「【オルタ・フォース】――無駄だ。俺の反転した加護は、森羅万象を弱体化する」


 俺は腕をかざして炎を消滅してみせた。


「厄介な手ね……。ふふっ、けど、そうでなくちゃ」


 イオナはこれだけの極大魔法を連続して放ったにもかかわらず、息一つ乱れていない。

 無尽蔵の魔力は魔王だけの特権ではない、ということだ。


「ねぇ、神官。あんたがあたしの傷を癒したこと、覚えている?」


 イオナは指先で炎をもてあそびながら言った。


「あんたに治癒してもらわなかったら、魔王との戦いで命を落として帰ってこられなかったかもしれない。あんたには本当に感謝しているのよ。だって……」


 イオナの口が醜く歪む。


「そのおかげで、あんたの妹を殺すこともできたんだからねぇ!! あははははははははははっ!!」


 醜悪な挑発に、俺は反論はしなかった。

 どんなに認めたくなかろうと、それは事実だ。


「そうだな。俺も、リザを殺した」


 俺が愚かだったばかりに、俺が無力だったばかりに、リザは死んだ。

 その罪を背負い続ける。リザの死に報いるために。


「だから、その責任を果たす」

「どうやって?」


「そうだな。ではまず、過去の愚行を清算させてもらおうか」

「……なんですって?」


 俺はイオナが指先に浮かべていた炎に、【オルタ・キュア】を発動した。

 弾け飛んだ炎がイオナの顔面を襲った。


「ぐっ……!」

「俺が誤って癒した分を返してもらった。たしか、そんな傷痕で合っていたか?」 


 イオナの頬の肌が爛れ、焼き切れている。

 まさか自分の手元で《魔法》が直接破壊されるとは、予想しなかったらしい。


「こ、このあたしの顔を……!!」

「いや、どうやら違ったようだ。なにせ、お前の顔はもっと醜かったからな」

「……!!」


 イオナの全身から怒気と殺意が溢れる。


「神官ごときが……! あんたには、妹なんて比じゃないほどの苦痛を味あわせてあげるわ……!!」 


 激昂するイオナが両手を広げた。

 莫大な魔力反応。


 だがそれは、これまで感じたことのない異様な気配。 


「あたしの世界に飲まれなさい……【ワールド・エミュレイター】――!!」


 イオナが未知魔法を発動した直後、すべての景色が一変した。

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