第27話 研究室

 塔の内部は、吹き抜けの構造になっていた。

 四方八方から魔法使いたちが次々と襲い掛かる。


 俺は敵の攻撃魔法を【オルタ・フォース】で無力化しつつ、新たな反転魔法を発動した。


「【オルタ・アウェク】――俺の傀儡となれ」


 俺を取り囲んでいた四人の魔法使いたちが、ぴたりと動きを止めた。


 仲間の異変に、他の魔法使いがたじろぐ。

 俺は頭の中で自分の身体を動かすように、やつらの肉体を操作した。

 くるり、と魔法使いたちひるがえり、俺やシルファではなく、仲間の魔法使いに杖を向けた。


「残りの魔力をすべて使え。最大火力で迎撃しろ」


 四人の敵魔法使いたちが、一斉に【ゼタ・フレア】を発動。

 炎系統の準最上位魔法が仲間に炸裂。


「な、なにをしている!? 錯乱したか!」

「ちがう! これは、なんらかの《魔法》による妨害だ!」

「詳細不明! やつはいったい、なんの《魔法》を使っている……!?」


 同士討ちによる混乱と悲鳴が塔の中に響く。


「ククッ……なるほど、魔法使いを従えるというのも悪くない」


 本来、【アウェク】は洗脳や睡眠を解除するための《魔法》だ。それを反転すれば、どのような効果を持つか。

 その答えが、この強制的な隷属だ。


 俺はさらに十人の敵魔法使いに【オルタ・アウェク】を発動。

 半分に防御魔法を詠唱させ、残り半分を砲台に追加した。


 洗脳した魔法使いが、蠅のように群がる敵を次々と撃ち落としていく。

一方で俺とシルファに向けられた攻撃の盾となり、洗脳した敵魔法使いが黒焦げになって散る。

 使い捨ての肉壁としては丁度いい。


「どうした? 弱者を殺すことには慣れていても、味方に殺されるのは不慣れか?」


 塔内部の壁、天井、階段、床……いたる箇所が血の一色に染まっていく。

 それを横目に、俺とシルファは悠々と塔を登った。


 塔の中層あたりまで来たところで、生き残った敵の指揮官らしき魔法使いが緊迫した声で叫んだ。


「あ、あれを出せっ!」


 ひときわ大きな部屋の扉が開かれる。


 そこから現れたのは、奇妙な姿形をした兵士だった。


 まずその兵士は、大きく背中が膨らんでいた。そこからまるでワイバーンのような翼が片方だけ生えている。その反対側の右腕だけが異様に発達しており、その手にあるのは剣でも槍でもなく、腕を覆うように発達した巨大な爪だ。


「あれは……」


 人間なのか魔物なのか。一見してその区別がつかない。

 だがシルファはちがった。


 異形の兵士を凝視しながら、シルファは震えていた。


「そんな……こんなこと……」

「シルファ?」


 それに気を取られた、ほんの一瞬だった。


 異形の兵士の姿がかき消えた次の瞬間、俺の左半身が消し飛んでいた。


「レイズッ!!」


 【不滅者】:自動発動。自身の欠損部位を再生開始。所要時間、0・6秒

 

「……なるほど、そういうことか」


 魔力粒子が俺の全身を覆い、瞬時に失われた肉体を再生する。

 攻撃を直接この身で受けたことで、敵の正体を直感で理解した。


「レイズ、平気……!?」

「問題ない。シルファは下がっていろ」


 俺は異形の兵士に向かい、【オルタ・レイザー】を発動。

 がくんっ、と巨体が震える。だが異形の兵士は倒れない。


「やはり、そうか……。【オルタ・レイザー】――お前は、


 再度発動。今度こそ、異形の兵士が即死する。

 俺はゆっくりと、白目を剥き横わたる屍に歩み寄った。


 確実に死んでいる。


「レイズ……これは、人間なの?」

「それは間違いない。ただ……」


 たった今、効果が一度不発に終わった理由に察しはついていた。

 だが軽々しく口に出すのはためらわれた。

 特に、シルファの前では。


 異形の兵士が出てきた部屋の奥に、俺とシルファは足を踏み入れた。

 およそ見たことがない巨大な筒状の瓶が、その部屋を埋め尽くしていた。どの瓶も半透明の液体で満たされており、その中になにかが浮かんでいる。


 その正体を理解した瞬間、おぞましさに吐き気がした。


「そうか……これがこの塔の目的か」


 そこに浮かんでいたのは、魔物たちのだった。

 ワイバーンの翼、ゴーレムの腕、ミノタウロスの頭部、ラーミアの尾――

 そのどれもがまだ脈打ち、標本のごとく保管されていた。


「これは……人間と魔物を融合させる研究だ」

「っ……!」


 シルファは蒼白になり、息を飲む。

 俺は彼女の手を握ってやることしかできない。


 人間の俺のでさえ虫唾が走る光景。魔族の、しかもすべての魔物たちを統べる魔王の娘であるシルファが受ける衝撃は、察して余りある。


 さきほどの奇妙な手応え。【オルタ・レイザー】は不発したのではない。

 命が二つあるからこそ、即死の力が二度必要だったのだ。


「こんなこと、ひどい……。人間は、おぞましい」

「……ああ」


 これを誰がやらせているのか、そんなことは疑問の余地もない。

 イオナ・ヴァーンダイン。この魔女の塔の主。


 やつら《七人の勇者》は、これほどの力を求め、なにをしようとしているのか。

 世界をその手中に収めたあと、どうするつもりなのか。


「ごめんなさい……助けてあげられなくて……」


 シルファが吊り下げられたワイバーンの翼に、そっと寄り添った。

 一瞬、それが俺のリザの関係に重なった。


 拳を握りしめる。爪が皮膚を食い破り、血が流れ落ちた。


「シルファ、どいてくれ。俺が手を下す」


 あえて俺は淡々と言った。シルファは反対しなかった。

 こんな姿に成り果て、人間の実験材料として生かされなくてはいけない業など、どんな生き物にもありはしない。


 だからせめて――


「【オルタ・トリト】――安らかに眠れ」


 彼らの断片がすべてが灰と砂に帰るのを、俺とシルファは見届けた。

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