第26話 魔女の塔

 雪原のただ中で、俺とシルファは立ち止った。

 

 白一色の景色に、ゆっくりとなにかの輪郭が浮かび上がる。

 それは塔だった。

 すさまじい高く巨大な塔。その頂点は吹雪に遮られ視認できない。


「なるほど、大がかりな術式魔法で塔自体の存在を消しているのか」


 それに加えてこの過酷な立地だ。

 間違ってもだれかが偶然この場所を発見することはないだろう。


 あれが魔女の塔。


 大神殿に匹敵する、魔法使いたちの総本山。

 そしておそらくは、《七人の勇者》が管理する重要拠点のひとつ。


「わざわざ向こうから案内してくれるとは」


 余裕を見せつけ恐怖を煽る。下劣なあの女の考えそうなことだ。


「レイズ、気を付けて。わたしたち、囲まれてる」

「とっくに知っている」


 塔を中心に無数の気配が出現していた。


 塔自体と同じくそれまでなにも存在しなかった空間に、赤いローブ姿の魔法使いたちの姿が次々と浮かび上がっていく。

 その数、ゆうに五十人以上。

 すでに俺たちは両翼から包囲されていた。


 魔法使い部隊が攻撃を開始する。



 【サンダー・ストーム】:自身に命中。【オルタ・フォース】の弱体化により効果なし

 【サンダー・ストーム】:自身に命中。【オルタ・フォース】の弱体化により効果なし

 【サンダー・ストーム】:自身に命中。【オルタ・フォース】の弱体化により効果なし

 【サンダー・ストーム】:自身に命中。【オルタ・フォース】の弱体化により効果なし

  ……



 俺の眼前ですさまじい雷が暴れ狂い、蒸発した雪による煙が視界を覆った。

【戦闘経験】による情報が、追いつかないほどの速さで頭のなかを流れていく。


 だが、すべて無意味だった。

 俺の反転魔法は、この程度では覆せない。


 魔法による一斉砲撃が止み、俺は悠々と歩き出した。


「シルファ。やつらは俺の力に対抗できる《スキル》や《魔法》を持っているか?」

「……確認した。持っていない。あれは超一流なだけの、ただの人間」 


 敵の増援が空から出現した。

 飛行魔法【エア】を使った魔法使い部隊だ。 

 遠くから見ると、まるで赤い羽虫の群れのようだ。


 総勢百名以上の高位の魔法使いが、地上と空から強襲する。


「一斉攻撃か。ならこちらも、さっさと済ませよう」

「レイズ、ひとつ聞いていい」


 シルファはどこか不安そうな顔をしていた。


「なんだ?」

「レイズは……人間を殺すことが、つらくはない?」


 俺はシルファの問いに笑みで答え、手を頭上にかざした。

 愚問だ。


「まさか。奴らの命をどれだけ積み上げようと、リザの命の価値には及ばない」


 掲げた手の指を、ゆっくりと折りたたむ。魔法使いたちの心臓を包み込むように。

 それは決して比喩でも誇張でもなかった。


 治癒が破壊に反転するように、蘇生の力もまた、真逆に反転する。

 これは【オルタ・キュア】の進化系。

 上位系統の攻撃魔法。


「【オルタ・レイザー】――


 視界に映るすべての敵魔法使いに、蘇生の反転魔法を発動した。



 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

 【オルタ・レイザー】:全防御 《魔法》貫通。目標に命中。対象即死

  ……

 

 地上、空中すべての魔法使いたちが糸が切れたように斃れ、墜落する。

 一滴の流血も一声の悲鳴すらない、静謐なる虐殺。


「ハハッ……アハハハハハハハハハハッ!! クハハハハハハハハハハハハハハハッッッ……!!!!」


 俺の手の中で、無数の命が消えていく。

 なんと心地よく、恍惚とした手触りだろうか?


「さあ、行こう。あの女が待っている」


 俺は無数の死体を踏み越え、塔に向かって歩き始めた。

 ああ……もう少しだ、リザ。

 待っていてくれ。


 リザに捧げるべき命が、あの塔の中にいる。

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