第19話 大神殿
自分が聖女と呼ばれることに、アージュはときおり疑問を感じることがある。
自分が育ったのは、ごくありふれた田舎の山村だった。
そこで両親と羊を世話をしながら、決して豊かではないものの、穏やかな日々を送っていた。
けれど数か月に一度の買い出しに王都を訪れたとき、運命の転機が訪れる。
ひとりの老人が、アージュを呼び止めた。
――貴女には神のご加護が宿っております。
後にその老人が、大神殿の司教、ゼオラル・キリクであることを知った。
彼はアージュに聖女の資質を見出した。
そして魔王との終わりなき戦いが続くこの混迷の時代に、どうか民衆を導いて欲しいと願いを託したのだった。
大神殿の司教という高位の人物からの誘いにアージュはひどく困惑したが、人々の役に立てるのならと、大神殿に立つことを決めた。
以来、生活は一変した。
アージュは聖女として必要な様々な教養を学びつつ、この王都で聖女として、日々民衆に祈りの言葉を伝えている。すこし前まで、ただの田舎娘でしかなかった自分が。
けれど、それで迷える人々とをわずかでも救えるのなら構わない。
たとえ聖女という立場がなくても、その行為自体にためらいはなかった。
だが今、アージュの心には、大いなる戸惑いが生まれている。
「レイズ様……貴方は本当に……」
大神殿に仕えていたひとりの神官のことが、頭から離れない。
ここで初めて出会い、言葉を交わしたときから、彼はアージュの心のなかに住み続けている。
けれど、彼はもうこの世にはいないのだという。その実感がまるでなかった。
それでも、自分は聖女だ。
人々を導く使命がある。それを果たさなくてはならない。
「私は信じております。貴方様がご無事であることを……」
△▼
王都の香りは懐かしかった。
雑多な人々と物や食材が集まり、複雑に混ざりあった独特の空気。
以前はそこに人々の活気や生命力を感じていたが、今の俺には嫌悪感しかない。
俺とシルファは、王都の地を踏んでいた。
まだあれから半年も経っていないが、もう何年の昔のことのようだった。
この王都は《七人の勇者》のお膝元。
俺もシルファも姿が見つかれば大騒ぎになる。
「じゃあ、どうやってその大神殿という場所まで行くの?」
ここに来る前、エルフの里でシルファが聞いた。
「俺たち神官が読んでいた教典に、こんな一説がある。『世は光によって形作られる。人々は光によりそれを授かる』と」
「……人間の言葉は、ときどき難しい」
「意味としては、人間がなにか見たりするためには、光が必要だということらしい。昼間はものが見えるが、夜は暗くて見えなくなるだろう」
「魔族は暗闇でも目は利く」
「……なるほど、それは初耳だ。ともかく人間がそうだとすると、俺らが受ける光を奪えば、俺たちの姿を隠すことできるはずだ」
俺はエルフたちに集まってもらい、さっそくそれを試すことにした。
「【オルタ・フォース】――光よ、消え去れ」
最初、自分では変化がわからなかった。
だがエルフたちは、突如として俺たちを見失ったように、驚きの表情で辺りを見渡し始めた。成功だ。
この反転魔法を使って人の目から姿を隠し、俺とシルファは王都に潜入した。
転移魔法の【シフト】を使えば、特定の地点に移動することは容易い。
だが【シフト】は使用魔力が大きい。使えば確実に探知される。
幸い、ここは俺にも土地勘がある。大神殿への近道や裏道はよく知っていた。
人込みを間をすり抜けながら、シルファが周囲を見渡す。
「レイズ、だんだん人間の数が増えてる」
「大神殿前の広間に、民衆が集まってるんだ。ということは……彼女がいる」
俺は彼女の存在を確信し、姿を隠しながら大神殿に近づいた。
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