第17話 エルフ族の集落

 結晶の原野の外れにある洞窟内。

 俺とシルファは助けたエルフの女の手当てをしていた。


 エルフの呼吸は浅かったが、いまは静かに眠っている。


「毒も抜けたし、傷口もちゃんと塞がった。レイズの【キュア】は、本当にすごい」

「そうか。なら、いい」


 俺は自分の手を握っては開き、力の具合を確かめていた。

 威力も精度も悪くはない。

 だがこのエルフの発見がもうすこし早ければ、余計な負傷をさせることもなかった。索敵はあと一歩、というところか。


「レイズのおかげで、このひとは助かった」

「助けたわけじゃない。屑どもを片付けるついでに、そうなっただけだ」

「そうだね。でも……レイズがすごいことは事実」


 シルファはあくまで俺を称えようとする。


「それより、だ。シルファ、俺の能力を見せてもらえるか」

「わかった。それじゃあ、わたしの目を見て」


 いつものように、シルファが【魔眼】で俺の能力を見通し、【心象投影】でそれを頭のなかに送った。



《クラス》

 【神官】

 【魔王】


《スキル》

 【魔王の権能】……魔王に相応しい魔法とスキルを発現する

 【反転】……一部の魔法を反転する

 【完全破壊】……攻撃魔法の効果を増幅する(極大)

 【魔力炉心】……消費する魔力と同等の魔力を常に体内に生成する

 【戦闘経験】……戦闘中に発生する事象を正しく把握する

 【無詠唱】……魔法の呪文詠唱を省略する

 【絶魔力】……敵対魔法の効果を低減する(大)

        ランクⅢ以下の状態異常魔法を無効化する

 【人類悪】……人間に対する特攻状態を付与する(極大)

 【不滅者】……自身に対し、【キュア】、【フォース】、【トリト】を常時発動する。効果は永続し、解除されない


《魔法》

 【キュア】……回復魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【フォース】……強化魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【トリト】……浄化魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【アウェク】……覚醒魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【レイザー】……回復魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【シフト】……転移魔法/属性:無/魔法ランク:Ⅳ/汎用

 【オルタ・キュア】……破壊魔法/属性:闇/魔法ランク:Ⅳ/固有

 【オルタ・フォース】……弱体魔法/属性:闇/魔法ランク:Ⅳ/固有

 【オルタ・トリト】……侵食魔法/属性:闇/魔法ランク:Ⅳ/固有

 【オルタ・アウェク】……洗脳魔法/属性:闇/魔法ランク:Ⅳ/固有

 【オルタ・レイザー】……即死魔法/属性:闇/魔法ランク:Ⅳ/固有



「これを見れば一目瞭然。レイズは強くなった」


 あの魔族の村での出来事から、一ヵ月。


 実戦の中で力を磨き続けた俺は、自分が取り込んだ魔王の力を、ほぼ完璧に制御できるようになっていた。


 大きな変化はふたつある。

 ひとつは、もとから持っていた神官としての《魔法》が、魔族やほかの種族にも副作用もなく使えるようになり、その効果も飛躍的に向上したことだ。


 そしてもうひとつが、【反転】による《スキル》の進化だ。


 俺は神官としての癒しの《魔法》を反転させ、べつの効果を有した破壊の《魔法》として使うことができる。

 この反転魔法を会得したことで、俺は確信した。


 魔王の本来の力は、あらゆるものを凌駕する。

 

 あのときシルファが言った通りだ。

 たとえ地上最強の《七人の勇者》であろうと、のだ。


 しばらくして、エルフの女が目を覚ました。


 俺とシルファは丁寧に経緯を説明し、彼女からも事情も聞いた。

 彼女が故郷を人間に焼き払われ、その報復のために人間を襲い、逆に標的になったことも。そしてそれを俺たちが助けたこと。


 すべてを理解すると、彼女は頭を伏せて礼を言った。


「本当に……感謝する。レイズ殿、シルファ殿」

「気にするな。どのみち人間の刺客は、あれだけじゃない」


「レイズの言う通り。だから、あなたをこのまま放ってはおけない。仲間のところまで、わたしたちが護衛する。いい、レイズ?」


「好きにしろ」

「すまない、なにからなにまで……」


「場所はわかる?」

「それが……人間から逃れるために魔族の地に逃げこんだため、ここがどこかもわからず……面目ない」

「大丈夫。わたしが案内する」


 シルファがこともげに言った。


「あなたの仲間がいるのは、『白土の森』? それとも『蒼風の森』?」


 シルファの言葉に、エルフは目を丸くした。


「シルファ殿、秘匿されたエルフの集落をご存知なのか?」

「わたしは、世界の地図は全部あたまに入っている。人間も魔族もほかの種族が暮らしているところも、全部」


 俺とエルフの女性が呆気にとられる。

 だが当のシルファは、それがどれほどすごいことなのかも自覚していないように首をかしげていた。


      △▼


 エルフの集落は、険しい山岳地帯の奥地にあった。


 途中、いくつも幻惑の《魔法》によって道が隠されていた。そうして外敵の侵入を防ぎ自分たちの住処を守っているのだと、エルフは教えてくれた。


 集落に到着すると、森の大樹に沿うようにして造られた立体的な町並みが現れる。

 初めて目の当たりにする俺は感嘆するほかない。


「壮観だな。シルファは来たことがあるのか?」

「ううん。知識では知ってたけど、実際に来るのは、はじめて」


 シルファは相変わらず淡々としていが、このひと月の間に、俺は彼女のことをだいぶ理解できるようになっていた。

 態度にこそ現さないが、今のシルファは、わずかにはしゃいでいる。


 魔王の娘とはいえ、シルファは俺よりも年下の子供だ。

 ふいにシルファにリズの面影が重なった。


「……レイズ、どうかした?」

「いや、なんでもない」

「レイズ殿! シルファ殿! どうぞこちらへ。我ら一族全員で、あなたたちを歓迎いたします!」


 俺たちは助けたエルフの女性に、集落の奥へと案内された。


      △▼


「――そうですか。やはり人間はすべての異種族を……」


 エルフの族長が、その美しい眉をひそめた。


 俺たちは大樹の内部に造られたその部屋で、エルフの族長と会っていた。


 族長といっても、その見た目は若々しい絶世の美女だった。エルフが人間や魔族よりも長寿であるということは知っていたが、目の前の彼女の年齢など、俺には想像もできなかった。


「ですが、あなた方は我が同胞を救って頂きました。彼女は私たちの大切な仲間であり、英雄だったのです。本当に……本当に感謝してもしきれません。エルフの一族を代表して、御礼を申し上げます。ぜひ、しばらくの間、この集落でゆっくりおくつろぎください。最大のもてなしをさせて頂きます」


「ありがとう。わたしからも感謝する」

「なにか、ほかに私たちにできることはございますか?」

「なにもない」


 俺は無下に言った。

 エルフの族長は困惑を見せる。だが事実だ。


 俺はただ、俺の復讐を果たすだけ。他者の協力など必要ない。

 だが俺に代わってシルファが言った。


「わたしから、ひとつだけお願いがある。魔族の集落にいるお年寄りや子供たちを、この集落で保護してほしい」


 シルファが、あの魔族の隠れ里で出会った子たちのことを説明した。


 今は一時的に魔族の村で一緒に身をひそめてもらっている。

 ここに来る前、シルファが魔族たちと相談して決めたことだ。


「ええ、もちろんです。迎えの者を向かわせましょう」

「ありがとう」


「ひとつだけ、俺から忠告しておく」

「はい、なんでしょう?」


「人間の冒険者が奇妙なことを言っていた。王国の大神殿が、まもなく『種族浄化』のために動き出すと」


「それは、近く大規模な侵略が始まる、ということでしょうか?」

「詳しくはわからない。だが可能性はある」


 エルフたちが不安そうに顔を見合わせた。


「案ずるな。もしここに危害が及ぶようなら、跡形もなく消し去ってやる」


 俺はその空気を無視し、淡々と言った。

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