第15話 代償

 俺たちは人間兵士に囚われていた魔族全員を解放した。


 シルファの言った通り、村にいたのは女子供や老人ばかりだった。

 彼らは魔王の娘であるシルファには迷いなくかしづいたが、人間でありながら兵士たちに敵対した俺の存在には、まだ困惑を見せている。


 俺とシルファは、村で一番大きな民家に招かれた。

 高齢な魔族の老人は、俺たちに深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます。いったい、なんとお礼を申し上げればよいか……」

「礼など不要だ。これは、俺が俺のためにやったことだ」


 奴らに、神の代わりに罰を与えただけのこと。

 

 あれほど人を殺した後だというのに、俺の心は凪のように落ち着いていた。

 むしろシルファのほうが、俺の凶行に圧倒されていた。


「しかし、手強い人間の冒険者は数多く見てきましたが、それでもあれほどの力は見たことがありません。あなた様はいったい……?」

「俺はただの神官だ。ただ、《七人の勇者》を滅ぼすだけの」

「なっ……!?」


 魔族たちの間に大きなざわつきが広がる。

 シルファが手を上げると、彼らは静まり返った。


「なら、わたしも手伝う」


 シルファが言った。

 それは予想できた反応だった。けれど俺は首を横に振った。


「必要ない。魔王の仇も、俺が取る」

「そうじゃない」

「なに……?」

「だって、わたしのすべては、もうレイズに捧げたから」


 シルファは、蘇生を試みる前のあの約束を、律儀に順守しようとしていた。


 俺がシルファの立場だったら、どう思うだろうか。

 自分の大事な人を殺された憎しみを、黙ってだれかに託すことができるのか。


 答えは聞くまでもなかった。


「……そうか、わかった。だが、まずはこの場を――」


 ドクンッ。


 突然、だった。

 心臓が大きく脈打ち、全身を瞬時に凍りつかせた。


 身体の隅々まで満ちていた力が突如として制御を失い、暴れ狂っている。


「ぐっ……があぁあああああああああああ……!!」


 俺は息もできず、その場にひざをついた。


「レイズ……? ど、どうしたの!?」


 シルファが俺に駆け寄ってくる。


 魔王の心臓が狂暴に鼓動している。

 自分の身体になにが起きているか、俺はすぐに理解した。


「魔王の力の……代償か」


 本来、俺自身の身体は、脆弱な人間のものに過ぎない。

 そこに規格外の魔王の心臓を移植したのだ。力を使えば、なんらかの負荷が生じることは、容易に予測できることだった。


「お父さんの心臓が、レイズを……」


 シルファが恐る恐る俺の頬に触れる。

 するとなぜか、痛みがすこしずつつ遠ざかり、やがて完全に消えた。


「心配……するな。もう、大丈夫だ」

「本当に? でも、またいつこうなるか……」


 収まった原因は不明だ。シルファが案じるように再発の恐れも十分ある。

 確かなことは、俺はもっとこの力と身体のことを知るべきだということだ。


「はっ……ならちょうどいい」

「レイズ?」

で試していくとしようか」


 勇者に従う愚かな人間どもは、掃いて捨てるほどいる。

 戦いのなかで、思う存分、魔王のすべてを制していけばいい。


 利点はもうひとつある。それを続けていけば、嫌でも奴らの耳に届くことだろう。

 自分たちに反逆する者の存在が。


「……レイズの考えはわかった。みんなも、協力してくれる?」


 シルファの言葉に魔族の民はうろたえながらも、異を唱えるものはいなかった。

 ゆっくりと、着実に奪っていくとしよう。


 奴らに俺の存在が、この抑えがたい悦びが届くように。


      ++


「兵士の一団が、相次いで消息不明……か」


 英雄の間の玉座に腰を下ろす青年は、興味深げに呟いた。


 伝説の勇者――ディーン・ストライア。


 王国中を席捲した『種族浄化』の宣言から、およそ三ヵ月あまり。

 順調に進んでいた計画に、たったひとつだけ不確定要素が混入していた。


「なにか面白いことが起きている……そう感じないか、イオナ。どうやらこの世界には、まだ骨のあるやつがいるらしい」

「どうせ魔族の残党でしょう? もう殺し飽きたわ」


 伝説の魔法使い――イオナ・ヴァーンダイン。


 麗しい紅蓮の髪を持つ少女は、蒐集物の杖を撫でながら退屈そうに返した。


「ギンカ、なにか意見は?」

「オレ様? あー……つまり、なんだ。敵がいるのはいいってことだな!」


 伝説の戦士――ギンカ・ブルアクス。


 そう答えた褐色の肌の少女は、自分の背丈を遥かに上回る鉄塊のごとき斧を、自身の指先だけで軽々ともてあそんでいる。


「ボクも魔族相手はもうめんどくさいなぁ。だいたいあいつらは、世界でいっちばん可愛いボクのことがわかってないんだよね。本当なら魔王なんか捨てて、このボクを崇めるべきじゃない? 世界でいっちば~~~ん可愛いんだからさ!」


 伝説の武闘家――フェイ・リーレイ。


 小柄な銀髪の少女がうっとりした様子で手鏡を見つめ、そう断言する。


「アンタはどうなの、ヒサメ。仕事ならなんでもやるんでしょ?」


 イオナが黒い忍装束の少女に話しかける。

 さきほどまで誰の影も形もなかった部屋の柱に、ひとりの少女が背を預けていた。

 少女の口元はマスクで覆われており、表情が見えない。


 伝説の狩人――ヒサメ・クウガ。


「……我は、ただ狩るのみ」


「あのの~~? そげんばやつ~~、混ぜたらいい材料になるけ~ん? なるんなりゃ~~、うちが摘んできてあげてもよかよぉ~~~♪」


 広々とした部屋の隅で、ぐつぐつと煮えたぎる大釜をかき混ぜながら、上機嫌に鼻歌を歌っている少女がいる。


 伝説の錬金術師――アリシャ・ミスリル。


 途端、破裂音とともに大釜から白煙が上がった。

 アリシャは笑顔のまま盛大にせきこむ。


「やれやれ……。せっかく《七人の勇者》が全員揃ってるんだ。大賢者様の意見も聞いておこうか」


 ディーンは正面にいる、ひとりの少女を見た。


 伝説の賢者――メビウス。


 その少女は、他の六人とはちがっていた。

 容姿や服装といった表面的なものではなく、もっと根本的に。


 まるで、この時代の、この世界の人間ではないかのように。


 地上最強の《七人の勇者》のうち、六人が女であることは、あまり世には知られていない事実だ。それは単に、全員の姿を見た者が少ないという単純な理由だった。

 人間であれ異種族であれ、まだ生きている者であればなおさらだ。


「――もうすぐ、終わりがくるわ」

「終わり? それは、そいつの辿る運命のことか? それともこの世界の?」


 ディーンの問いに少女は答えず、ただ静かに微笑んだ。

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