第10話 禁断の願い
魔族の地で目覚めてから、数日が経った。
俺たちがいる場所は、魔族の隠れ里のひとつだとシルファが教えてくれた。
彼女と小さな魔族の子供たちに、俺はなぜか好意的に迎えられた。シルファは傷の手当てだけでなく、貴重な食事まで分けてくれた。
最初は瀕死の人間に対する同情なのかと思ったが、その本当の理由も、後に明らかになる。
魔族の地で目覚めてから、十日後。
完治にはほど遠いが、俺はなんとか自分で歩けるようにまで回復していた。
隠れ里にある簡素な小屋で、食事を運んできてくれたシルファに、俺には聞いた。
「ここにいるのは、小さい子供ばかりなんだな。もしかして、きみが一番年上なのか?」
「そう」
「ほかの魔族はどこに?」
「いない。もう、勇者たちとの戦いで……」
「え――」
俺は言葉を失い、そして自分の質問の愚かさを恥じた。
あのとき、俺はイオナの記憶で見たはずだ。
《七人の勇者》が、魔族を虐殺していく光景を。
戦える者は、死に物狂いで勇者たちに抵抗しただろう。
それが、だれもこの場に残っていないということは……。
「……すまない。俺は、馬鹿だ」
「いい。レイズは、悪くない。それより……レイズは、これからどうするの?」
「……」
どうすればいいのか、俺自身にもわからなかった。
リザを殺され、人間に裏切られ、俺にはもう生きる目的がなかった。
「ここにいてもいいよ」
「え……?」
「レイズがそうしたいなら、わたしいいよ。人間は嫌いだけど……レイズなら、みんなも歓迎する」
シルファは優しかった。
魔王の娘という立場にありながら、人間である俺を受け入れてくれている。
本当は魔王を殺した人間が、憎くてたまらないはずなのに。
「俺は……」
それも悪くないのかもしれない。
二度と人間のいる土地には戻らず、一生シルファたちと身を潜めて、残りの生涯をリザの供養に捧げる。それも俺に相応しい生き方に思えた。
「レイズ。ひとつだけ、わたしのお願いを聞いてほしい」
ふとシルファが言った。
俺が今ここで生きているのは、シルファのおかげだ。
もし俺にできることがあるのなら、恩を返しをしたい。
「ああ、もちろんだ。それで、俺になにを?」
「レイズは……癒しの力を持ってるんでしょう?」
「え、どうしてそれを……」
「わたしの眼は、相手が持つ《スキル》や《魔法》を見抜ける。それがわたしの【魔眼】の力。実際に使ったほうが早い。
レイズ、わたしの目を見て」
俺は言われるままシルファの目を見つめた。
あまりに美しく可憐な顔立ちに息を飲む。
シルファの真紅の瞳の奥がぼんやりと輝き、俺の頭のなかに無数の言葉が綴られた。
《クラス》
【神官】
《スキル》
【完全治癒】……回復魔法の効果が上昇する(大)
【詠唱短縮】……魔法の呪文詠唱を一部省略する
《魔法》
【キュア】……回復魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅲ/汎用
【フォース】……強化魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅰ/汎用
【トリト】……浄化魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅰ/汎用
【アウェク】……覚醒魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅰ/汎用
【レイザー】……回復魔法/属性:光/魔法ランク:Ⅲ/汎用
【シフト】……転移魔法/属性:無/魔法ランク:Ⅰ/汎用
「これは……」
俺は自分についての情報ながら、シルファの能力に感嘆した。
続いて頭のなかにシルファの声が響いた。
『ちなみに、わたしのはこれ』
《クラス》
【王女】
《スキル》
【魔眼】……対象が保有する魔法とスキルを看破する
【獣の言霊】……言語を持たない魔物や動物と意思疎通ができる
【心象投影】……自身の知識を他者と共有する
【士気高揚・魔】……戦闘中、周囲の魔族と魔物の全能力を向上する
【王の血統】……///
シルファの《スキル》には、見慣れないものが多くあった。
おそらく魔族と人間では、発現する素質から異なるのだろう。
「魔族は、みんなこんな力を持っているのか?」
「ちがう。これはわたしだけ」
シルファは誇るでもなく答えた。
「それより、本題。レイズの《魔法》で、だれかを蘇生できる?」
「【レイザー】のことか? たしかに、【レイザー】は人を蘇生する《魔法》だ。ただし、制約もあるんだ。その相手の肉体の大部分が残っていることとか、心臓が止まってから二夜を越えていないとか……」
神官が用いる【レイザー】は、最上位の回復魔法だ。
これまでも幾度となく唱えてきたが、必ずしも成功するわけではない。正確にいえば神官にできるのは、死と生の狭間にある人間の魂を、肉体に呼び戻すことだけだ。
死者は、蘇らない。
するとシルファは、俺の前になにかを大事そうに抱えて持ってきた。
「これは魔王城の灰と瓦礫の中で見つけた、お父さんの、たったひとつの形見」
「形見……?」
魔族の瞳と同じ紅色をした、結晶のような鉱石だった。
途端、俺の全身を強烈な寒気が襲った。
よく見ると、その鉱石の内部に宿る光は、どくんどくんと脈打っている。
いったいこれは、なんだ……?
「これは、わたしのお父さんの心臓。この世界では、魔王と呼ばれる存在」
シルファは俺の目を見て、はっきりと言った。
言葉を失った。
魔王の……心臓?
シルファが魔王の娘……?
彼女の手が震えていることに、俺はそこで気づいた。
一筋の涙が彼女の頬を伝い落ちた。
「お願い。わたしのお父さんを……魔王を生き返らせて」
後にそれは俺の……いや、世界の命運を変える願いだった。
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