第8話 穢れの道
――そこからの記憶は、曖昧だ。
気づけば俺は、鬱蒼とした森の中をさまよっていた。
ここは、どこだろう?
あれから、どれくらい時間が経ったのだろう?
意識が朦朧とする。
だが気を失えば、イオナたちに見つかり、間違いなく殺される。
その危機感だけで、俺は這いずるように足を前に出した。
すでに空が明るみはじめた頃、ふと人の気配がした。
人間がいる――
誰か、誰か助けて。
俺を、俺の妹を――
俺はろくに出ない声の代わりに、焼け爛れた腕を伸ばした。
だがその瞬間、異様な違和感を覚えた。
「――おい、焦るなって……」
「ヒヒッ! いいだろべつに。こいつは上物だぞ」
鬱屈した笑い声。
男が二人。そしてべつのだれかの気配。
なにか様子がおかしい。
男たちの顔には見覚えがあった。
以前、あの魔族の子を捜して家に来た自警団だ。
こんな夜更けに、なにをしているのだろうか?
「いや、離して……!」
「動くんじゃねぇ!」
「いやぁっ!!」
大柄な男たちの間から、少女の姿が見えた。
色素の薄い青白い肌に、紅い瞳。頭からねじくれた黒い角が生えている。
一瞬、あの子供のことが脳裏をよぎるが、ちがった。
十三、四歳くらいの少女。
魔族の少女だ。
片方の男が、その少女の腕を押さえつけている。そしてもう一方の男が、華奢な少女の身体に覆いさかぶさった。
その行為の意味を、俺は理解したくなかった。
だが男の興奮した息遣いと、少女の涙交じりの悲鳴を前に、理解せざるを得なかった。
唐突に、とてつもない理不尽さが、俺のなかに生まれた。
なんだ……これは……?
俺やリザ、大勢の人々が願ったもの。
だれもが安心して暮らせる、平和な世界。
こんなものが、俺たちが願った世界だというのか?
いや、違う。
間違っている。
こんな世界は、絶対に間違っている。
鮮明な思考とわずかな気力を取り戻したことで、俺はようやく、現実を受け入れることができた。
リザは……死んだ。
殺されたのだ。あの女に。イオナ・ヴァーンダインに。
いや、《七人の勇者》によって。
俺の身体は、顔の半分からつま先までほぼ全身が焼け爛れていた。
【完全治癒】をもってしても、癒すことのできない深手。神官として多くの人間を治癒してきたからこそわかった。間違いなく致命傷だ。たとえやつらに見つからずとも、俺の命は長くはない。助かることはないだろう。
どのみちもう生きている意味は……ない。リザが、いないのだから。
それならせめて、最後にあの子を――
俺のなかで、なにかの線がぷつりと切れた。
なんの疑問も抱かず、足元に転がっていた拳大の大きな石を拾い上げる。
俺は聖職者であり、神官だ。
だが……今この瞬間から、それを捨てよう。
男たちは行為に夢中で、俺の接近にも気づかなかった。
すぐ背後で立ち止まったとき、ようやく男たちが俺を見る。
「なっ!? おい、なんだてめぇは――」
俺は両手でつかんだ石で、男の頭を殴りつけた。
「ギャッ!」
男の身体がぐにゃりと力を失い、地面に倒れこむ。
もう一方の男は呆然としている。俺はなにかを叫び、その男に飛びかかった。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
男の体にまたがり、血まみれの石を男の顔に振り下ろした。
何度も、何度も、何度も、何度も――
やがて腕が上がらなくなる。
男の身体はぴくぴくと痙攣しており、すぐに動かなくなった。
もう俺も限界だった。
急激な眠さと寒さに襲われ、それきり意識は途絶えた。
最後に目に映ったのは、俺を不安そうに覗き込む紅の瞳だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます