第3話 ハンバーガーショップ

 ハンバーガーの包みを開ける音。包装されたハンバーガーを手に持つ感触は乾いているのだけれど、柔らかさと温かみも同時に感じる。何も考えずにそれを口に運ぶ。そこに音はない、聞こえる音は後ろの席に座っているスーツ姿の男性が同じように包みを解く音と、店内の反対側の壁際から聞こえてくる女の子二人の笑い声、あとは店内放送。いつも通りの体に悪そうな味が身に染みる。これがすごくおいしいんだ。

 少し焦げ目のついたイングリッシュ・マフィンに挟まれているのはパティとチーズだけ。このシンプルなハンバーガーが僕の大好物だ。チーズは甘い、冷たかったり、ちょっと溶けていたりする部分もある、パティはたいていいつも少ししょっぱい。マフィンはカリッとした食感のところがおいしいし、ざらざらとした舌触りも素敵。何といっても百円で買えるのが素晴らしい。世界中にあるハンバーガーショップだからこの味は世界中で食べることができるのだろうか、それとも国によって味が違ったりするのだろうか。僕は生まれて二十年、日本から出たことがないのでそんなことは知らない。今後、海外へ行くことがあれば絶対にこのお店に行こうと、今決意した。

 後に座っていたスーツの男性が食べ終わった後の包みをくしゃくしゃに丸める音が聞こえてきた後、すぐに席を立った。後ろを振り返って店内を見渡すと客が何人か増えていた、少し奇抜な服を着たおばちゃん、携帯をいじりながらハンバーガーを口に詰め込むスーツ男、アイスコーヒーを手に読書をしている女性、彼女もスーツ姿。まるで悩みなんてないかのように会話をする女の子二人は僕が店に来た時からずっといる。

 一面ガラス張りの壁際、二階にあるこの席は駅がよく見える。僕はここのハンバーガーショップに来ると必ずこの席に座る。5階建ての駅ビルがある駅は柔らかい光が反射していてまぶしい。スーツ姿の人々、制服の高校生たち、朝日を食べるようにあくびする女の子。だんだん人が増えてきて騒がしくなる。ありふれた表現だけれど、街が目を覚ましたかのように感じる。ふと、この街にとってはあの駅から出てくる人々は朝ごはんなのかもしれないと思った。人間が駅から出てきたのではなくて、街が口から人々を体内に取り込んだ。人は街にとっては栄養で、人を取り込まないとだんだんと弱って、最後には死んでしまう。もしかしたらそういう生き物なのかもと。

 僕は、駅から出てくる人を何となく眺めながらコーヒーを飲んでいる。するとさっきまで店で大声で笑いあっていた女の子の二人組が駅に向かって歩いていくのが見えた。お互い肩をたたきあいながら、右に揺れたり左に揺れたりして歩いている。そんなんじゃすれ違う人とぶつかるぞと心配していたら、案の定小走りで向かってきた中年の男とぶつかる。迷惑そうな顔をした男性が振り返って女の子たちをにらむけど、すぐに何かを思い出したみたいにまた歩き始める。

 なんだかおもしろくなって思わずふきだす。念のためつけ足しておくけど、コーヒーはふきだしていない。酔っぱらっている女の子たちはアルコールを飲んでいて、僕は体に悪そうな味のするハンバーガーを好んで食べていて、街はどんな人でも選好みせずに飲み込む。マフィンの残りを口に入れてコーヒーを流し込み、そして席を立った。

 

 

 

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どこにでもある話 虎之介 @torajiro747

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