JD-313.「乙女の役割」
「ごはんになーれ!」
「ジル、それはその……どうなのかしらね?」
もうこれは彼女の個性、そう思うしかない気はしないでもないのよね。小さいままでも、大きくなってもジルはある意味変わらない。それはまあ、私達も同じと言えば同じなのだけど。最近のジルは前にも増して食欲が旺盛というか、貪欲という言葉が似合うほど前向きに動いている。
(人一倍、石英を取り込むのもそんな何かの気持ちの現われなのかしら?)
私たちが気合を入れて何かをするときは、少しばかり気に食わないときもあるけれど大体はアイツ、トールが原因だ。かくいう私だって、アイツが喜ぶなら……ってここまでにしておきましょう。ドツボが見えてくる気がしたわ。
「よいしょっと。ルビー、そっちもって」
「はいはい。こんな大きい鹿……兵士の皆にも分けてあげましょ」
自分も軽く言いながら運んではいるけれど、きっと陣地に戻ったら兵士は驚くでしょうね。なにせ、私たちが隠れて見えないぐらいの鹿なんだもの。一人一人に分けると少ないけれど、それでもお肉は貴重だものね……喜んでくれるかしら?
出来るだけ地面でこすらないように頑張って運んでいけば思った通り、こちらを見つけた何人かが手伝ってくれるぐらいには……私達は彼らと一緒に過ごしていたわ。
今でも思い出すと、ジルとアイツを心配させて!とおでこあたりを叩きたいぐらいには危なかったジュエルビーストとの戦いからもう2週間。状況が落ち着き、次のステップに移るのには十分な時間とも言えるわね。
周辺からは魔物がほとんど消え、見つけても大人しい奴らばかり。その代りにかどこからか動物たちが戻ってきてこのままだと獣の楽園って感じになりそう。
今日もまた、大した騒動もなく夜になる。
「平和、ね」
「いいことですわよ? まあ、気持ちはわかりますわ。これで終わりとは思えないけど終わりはいつか来る、それが今日なのか……そんなところですわね」
夜の見張りは最低でも2人1組だ。今日の当番は私とラピス。だからという訳ではないけれど……外を眺めながらの会話も長く続く。放っておけないジルたち3人と……まあ、アイツのことを考えると2人してつい、こんな立場になってしまうのだ。
もっと見た目相応の女の子らしく振る舞いたいという欲求が無いと言えば嘘になるでしょうね。けれど人間でもなんでも、一面だけが全てという訳じゃあないもの。今の状況だって私の正しい一面、まあそういうことよね。
「明日からは探索の範囲を広げてここと後方の陣地をつなげる作業らしいわね」
「ええ、これで補給線も太くなって……どこまで人間の版図とするのか……場合によっては私達は……」
少し悩んだ顔をする理由は私にもわかる。アイツや母さんが教えてくれた話から言えば、かつての人間は調子に乗って魔物や亜人、そのほかを追い出すレベルで追い詰めた。結果……反発を食らってしまうように魔物に反撃を受けたらしいのよね。このまま人間の支配領域が広がれば、それはかつての再現になってしまう。
ナルやあの子達、これまでに出会った人たちが不幸な目に合うぐらいなら……その前に止める、それも私達の役目と言えば役目なのかもしれない。
そんなことをラピスに言ったら、自分も同じ気持ちだって言われてしまったわ。きっと、ジルたちも、アイツだって同じでしょうね……随分仲が良いものだわ、まったく。
「これも壊れてる……ニーナ、フローラ、そっちはどう?」
「はわわっ、こっちもダメなのです」
「こっちもだねー。ボクがわかる範囲では、だけどさー」
数日後、私たちは兵士と一緒に陣地周辺を探索、いくつかの遺跡を見つけていたわ。と言っても1つ1つはちょっと豪華な家ってぐらいの大きさだから大した広さじゃないんだけど。それでも何か罠があったらいけないと注意しながらの行動だからあまりスムーズとは言い難いわね。
恐らくは前の……下手をするとさらにその前の人間たちが作った建物じゃないかしらね? 外見の古さも相当だし、中身も私たちが見たことがない物がとても多い。けれど、いずれも風化してるのかぼろぼろ、かろうじて外見から観察できるかなってとこかしら。
そんな中、丘だと思っていた物は大きな建物に草木や土砂が覆いかぶさった状態の遺跡だったの。結構奥行きもあって、探索のし甲斐があるような物だったわ。そんな場所で、私たちは見つけたの……子pん語を占うようなそれを。
「ルビー、これ……変?」
「ん? ジル、何を……絵……かしら。トール!」
私の声にみんなが集まってくる。ジルが見つけたのは壁画のような物。トールからもらった知識からいうと、妙にしっかりした黒板に描かれた絵ってとこかしら。表面には埃が積もっており、フローラが器用に風を吹かせて舞い散る埃もまとめて地面に。掃除機いらずよね、ほんと。
ただの壁だと思っていたから気が付かなかったけれど、私では上に届かないぐらい……トールの倍はあるかしらね? よく見るとそのあたりだけ少し厚みがある。大きな……1枚の板が張り付けてあるような?
(さて……絵の方は……何かしらこれ)
「人と人……戦ってるんでしょうか」
「真ん中あたりで明るさが違うね。こっちは明るくてこっちは暗い……それに表情もなんだか暗い方が禍々しいというか、怖いな」
埃のなくなった壁は4枚のキャンバスという使われた方をしていたわ。それぞれに絵が描かれていて、全部違う絵だった。残念ながら左上の1枚はだいぶ痛んでいて、空から人影が降りてくるという図だということしかわからなかった。けれど他3枚はわかる。片方は明るくて、見た目にも人ってわかる物が寄り添い、どこかに進んでいる。反対側の絵は暗くて、何かの動物だろうと思える何かと寄り添い、進んでいる。
そして、右下ではその明るい部分と暗い部分が向かい合い、中央で今にも争いだそうとしている図だった。
(これ……もしかして……)
ちらりとみんなに視線を向けると、いつものほほんとマイペースなフローラですら真面目な表情で頷きを返してきたわ。つまりはそう……これは私達と同じだ。かつてにも、同じようなことがあったのだ。
地上に産まれ、ふれあいを過ごし……そして立場の違いからぶつかってしまう。
でも、だとしたら……ひどく残酷な話だ。私達はこの姿で産まれ、トールという主の下で人となった。少なくとも、その魂というべき中身は。でもそれは女神たる母にとってはどちらでもいいことなのだ。女神にとって、私たちは……ただのコマ。
「ルビー、それは違いますわよ、きっと。だってあの時……お母様は私を叱ってくれましたの。だからきっと、手のかからない娘だなってぐらいに思ってますわよ」
「ふふっ、それはそれでどうなのかしらね? まあ、いいわ。ありがと。ちょっと卑屈になってたみたい」
きっと表情に感情が出てしまっていたんでしょうね。他にもないかと探しにいった兵士達がいない隙を見計らっての声掛けに、感謝を告げて改めて絵を見る。トールが何か言いたそうだったけど……口ごもるものだから代わりに背中を叩いてやったわ。
「いてっ!?」
「言いたいことがあるなら言いなさいよ。私達の……仲でしょ?」
口にするのは少し恥ずかしいけれど、言葉にしたように私たちはもう他人とは言えないような関係だ。その……昼も夜も。少なくとも私たち以上に愛し合ってる多人数な関係なんて限られるんじゃない?ってそれは関係ないか。
「あ、うん……えっとさ、ジルちゃんとジュエルビーストの中に入った時、遭遇したんだよね。まるでマネキンみたいな……みんなぐらいの背丈の何かとさ。あれは確かに敵だった。でも、懐かしい感じもしたんだ」
訪れる沈黙。誰もが、壁画の意味を、そしてこの後に自分たちが遭遇する相手の立場を否応なしに理解してしまったのだ。女神を邪魔する物、魔物に味方する物……その在り方に。
「だいじょうぶ。ジルたちは、みんないっしょ」
「……そうなのです! 自分たちはみんな一緒なのです! だから、だから!」
「難しいことはわかんないけどさー、今まで通り、じゃないかな?」
そんな陽気な3人の言葉に、同じように少し顔をしかめていたラピスと、ぽかーんとしたままのアイツも一緒に、すぐに笑い出してしまったわ。
そうよね、そう……私達はここにいて、一緒なんだ。だから……。
「やりましょう、やれるだけのことを。人生楽しむのはそれからね!」
私はウィンク1つ、笑顔と共に飛ばしてやるの。それが私の、そうすると決めた役割なのだから。
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