JD-311.「決意の輝き」


 ジュエルビーストの中は意外と広く、そして予想通りにグロテスクだった。ぬめる体内は、そのままじっとしてるとすぐにどうにかなってしまいそうだった。うっすらとマナの膜を張りながらもそれも徐々に吸収されていくのがわかる。


 足元が粘着質でなくて本当に助かった。もしそうなら、中で暴れるか焼き尽くすぐらいしか思いつかないところだ。


「急ごう」


「うう、なんだか臭い」


 確かに、すぐに馬鹿になりそうなほどの悪臭が漂っている。その正体はすぐに見つかってしまった。ぶよぶよとした足元に気をつけながら進んだ先に、人や魔物だったモノが転がっていた。だったというのも、半分ほどが結晶のようになっている姿だったのだ。


 その結晶部分から、マナらしき力が伸びて奥に漂っていく。


(飲み込んだ奴をこんな風にして消化してるのか?)


 生身の部分が悪臭の源だということはわかったが、どこか現実味を感じない光景が混乱を押し付けてくる。どうしてこんな姿なのか、何をしようというのか、ぐるぐると頭の中を回りそうになり……左手で握ったジルちゃんのぬくもりが俺を正気に返した。


「みんなが、頑張ってる」


「ああ、そうだね」


 ジュエルビーストは外から見ただけでも豪邸ほどには大きかった。しかも豪邸といっても使わない部屋あるだろ絶対!という感じのでかさだ。となれば体の中といってもしばらく歩くことになった。その間も外で4人がひきつけてくれているからか揺れが襲ってくる。


 何かの作品のように胃液がどばあっと出てきたらどうしようかと思いながら進むことしばらく、ついに目的の物が見つかる。


「混ざってる……?」


「泣いてるよ……みんな、泣いてる」


 ジュエルビーストの腹の中にあった物、それは様々な色の属性の結晶たち。その中央でそれらを無理やりくっつけている感じの黒い結晶だった。獣人曰く、悪魔の石、その大きな塊が逃がさないとばかりに周囲の属性結晶を侵食している状態だった。


 その間にもみんなの攻撃で揺れるが、さらに目の前の光景に変化があった。内臓であろう壁から、色のついた光が靄のように漂い……結晶たちに吸い込まれていく。そしてそれは中央の黒い結晶へ。この状況から、何が起きているかは一目瞭然だった。


 やはり、外からの攻撃を吸収しているのだ。時間をかければ、ジュエルビーストは強化される一方かもしれない。


「こんなのは早く壊すに限る!」


 迷うことなく、俺は聖剣を結晶へ向けて振り抜き……動きが止まった。結晶の前に、急に人影が出てきたのだ。文字通り、突然に。表現するのならば、まさに転移して来た。そしてその姿は、表情のもわからないマネキンの様ですらあるが人間の少女の姿をしていた。


「ご主人様っ!」


「危なっ!?」


 呼吸が読めないことに気が付き、慌てて回避すると腕が刃となった相手の斬撃がぎりぎりのところをかすめていった。防衛機構ってところだろうか? それにしたって、人間過ぎる! こいつらは魔物じゃないというのはやはり当たりなのだろうか。


「やらせない。ジルたちはご主人様の味方なの!」


 叫ぶジルちゃんから純白の光があふれだす。それは薄暗いジュエルビーストの体内をまるで昼間のように照らし出した。気のせいか、マネキン状態の相手もひるんでいる気がする。


「いまのうちにっ!」


「ありがとう!」


 俺は二重の目的を込めてジルちゃんに相手を任せて結晶に駆け寄った。そのまま砕ければ良し、砕けなくても……ほら、ジルちゃんがいる。俺の行動を邪魔すべくマネキンな相手がジルちゃんではなくこちらに飛び掛かってくるが、それはつまりジルちゃんに無防備な姿を見せるということ。


 砕ける音は2つ。1つは俺が結晶に聖剣を突き立てた音で、もう1つはジルちゃんの手にした刃がマネキンな相手を砕いた音だった。その後の反応は驚きの一言だ。


 まるでボンベから気体が漏れ出すかのように、属性を帯びた結晶から大量のマナがあふれ出した。その濃さは俺たちが流れに押されるほどで、あっという間にジュエルビーストの体内はあらゆるマナで満たされ始めた。


「ジルちゃん。こっちへ! 一気に出るよ!」


「うん。伝わるかな……みんな、こっち側に集まって」


 明確には伝わらなくても、きっと外の4人にも異常は伝わる……そう信じて腹の片側に2人で集まり……一気に外へ向けて力を放った。さて、ここで問題だ。広い空間に充満するマナという名の気体のような物。そんな状況でどこか一か所に穴が開いたらどうなるか?


 答えは、風船の口のようにそこから中身が噴き出し、本体は飛んでいく。


「わわっ」


「うぉお!?」


 抵抗も全くできず、俺とジルちゃんは抱き合ったまま外に一気に放りだされた。ゴロゴロと地面を転がる感触。だけどそれはどこかで何かにぶつかって止まった。思ったよりも優しい何か、それはニーナが作り上げた土壁であり、その手前に繰り出された風のクッションだった。


「マスター! ジルちゃん!」


「トール、ジル!」


 駆け寄ってくるルビーとラピスの背後に、空に浮き上がったジュエルビーストが見えた。相当な勢いだったのか、あの巨体が小さく見えるほどに飛び上がっている。あれでは動こうにも動けない。


 そのわずかな時間に、俺の頭はフル回転した。ジュエルビーストは貴石術を吸い取っているような感じだったし、実際に体内にそれらしい仕組みがあった。ではそれは生来の物だろうか? いや、恐らくは違う……そう直感する俺だった。


 だって、体内にあった結晶はそのためだったのだから、それが無い今……ジュエルビーストはただのでかい敵だ。


「みんな、一気に撃ち落とすよ!」


「それは……了解なのです!」


「これまでの分をお返しだー!」


 すぐに6人で円陣を組むかのように寄り添い、空のジュエルビーストへと手を突き出した。今の俺たちは1人じゃない。隣に……大事な仲間が、家族同然の相手がいる。


 だったら……力を合わせることなんか簡単だ。


「いっけええええ!!」


 その日、遠くからでも空を貫く光の柱が見えたと思う。青、赤、緑、黄色、そして白。7色には足りないけれど、力と想いのこもった光は……ジュエルビーストを消し去ることに成功したのだった。

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