JD-310.「決死の2人」
「下がって! 下から来る!」
根拠なく、俺はその時……そう全力で叫んだ。自身も隣にいたジルちゃんを抱えて大きく後ろに飛んだ。黒い人影が溶け、まるで黒い霧のような物が陣地跡を覆い始めたのもその時だった。陣地を潰したという大きな魔物が見当たらず、どこかに行った様子もない。
であれば、見えないか、見える場所にいないか、だ。周囲は森に包まれていて、まるで緑の海の様だった。そんな中にあるのが人の手が入った場所。脳裏に一瞬浮かんだのは、いつか海で見かけた大きな……島を背中に乗せた相手だった。確か恐竜みたいな見た目だったよな。
地面が揺れ、思わず片手をついた状態で陣地跡を睨みつけると半ば予想通りの光景が広がっていた。陣地跡だと思っていた物もどろりと溶け、地面からせりあがる何かの背中に一体化していった。なるほど、これは確かに訳のわからない大きな魔物、だな。
「たこ焼きさん?」
いつもの口調のジルちゃんの一言が、俺たちの緊張を上手くほぐしてくれた。半ばほどまで見えて来た巨体の大きさはちょっとした豪邸ほどもある。それでもまだ全部は出てきていないのだが、背中にはまるでたこ焼きにかかったソースや青のり、鰹節のように黒い結晶体が覆っていた。本体の水晶部分は地面の色を写しているのか茶色いから余計にだ。
妙にメカメカしいたこ焼きロボ、とでもいった方がよさそうな見た目をしている。
「トール、どうするの」
「やろう。よく考えたら出てくるのを待つことも無いね」
そして、周囲を貴石術が飛び交うことになる。顔に当たる部分がまだ出て来てないから、何かのセンサーのような部分があるんだろう。背中の黒い結晶が形を変え、迎撃をするようにいろんな色の貴石術であろう光を放った。
「っとと、ジルちゃん。行くよ」
「ご主人様、もうちょっとしたらね、出来ると思う」
何を、とは聞くまでもない。両手にはまったそれぞれの指輪が光を放っていた。その時を楽しみにしつつ、今は貴石解放だ。これで5人全員が大きくなって俺とあまり背に違いがない大きさになっている。
既に始まった4人とジュエルビーストであろう相手との戦いはある意味一方的な物だった。相手の攻撃はこちらへの反撃のみで、それもこっちが放ってからというタイミングなので移動し続けていれば基本的に当たらないのだ。
「避けることもないけど削れてる気がしないのですっ!」
「今のボクたちでも力が足りないっていうの!?」
ドリルのような岩が表面を貫き、無数のかまいたちが結晶を刻んでいく。別の場所ではミサイルでも当たったかのような爆風が、もう片方では氷河を切り取って来たかのように凍り付く。だというのに、瞬き数回ほどの後にはまたそこが再生してくるのだ。
(超再生ってレベルじゃないぞ? どうなってるんだ?)
一瞬、頭をよぎるのは女神様ぐらいの存在によって産み出された不死の存在だった。力が失われつつあった女神様ですら、俺に聖剣と、宝石娘達を託せるのだ。逆に力がある状態ならば……どうだろう。
「出て来るわよ!」
「大きい……変な顔ですわねっ」
そしてついに、巨体が地面から出て来た。確かに姿形はジュエルビーストだ。だが、明らかにでかい。幼稚園児と横綱ぐらいはある気がするぞ? まあ、泣き言を言っても現状は変わらないのは間違いない。
太りすぎたウシガエルをさらに丸くしたような体は大よそここまで移動して来たとは思えない体つきだ。それだけでも大木ほどの太さの足が……なぜか見える範囲でも4本もあった。となれば普通の生き物ではありえないということだろう。申し訳程度についている顔は、ホラー作品のように無表情で、その1対の瞳は……黒い結晶で出来ていた。
「これでも……くらえ!」
4人に気を取られているのを感じた俺は、真正面からルビーに負けないつもりで火球を連続で放った。それはジュエルビーストの顎下からお腹にかけてぶつかり、赤く照らす。その光の中、俺は奴の体の中に肉体以外の何かがあるのを感じた。まるで中に芯があるかのような……。
途端、その巨体の大きな口が開く。
『アアアアアアアアア!!!』
「きゃっ」
「風を!」
咆哮なのか、貴石術による攻撃なのかも定かではない衝撃が周囲にまき散らされる。幸いにも、俺たちは直前に固まっていたのでフローラと2人、展開した風の膜が守ってくれた。それでも明らかに2人分の膜が押されている。
「私達が力尽きるのが先か、あっちが根負けするのが先か……あんまりやりたくない流れね」
「マスターとジルちゃんは急所を探ってくださいな。私達でひきつけますわ」
「出来るだけ早くしてねっ!」
「先に倒してしまっても構わんのだろう? なのです!」
相手の咆哮がひと段落ついたところで、再び4人は駆け出した。昔、ヒーローやヒロイン物でどうして彼らは大きな相手、強そうな相手に挑むのか不思議に思ったことがある。今なら、わかる気がする。自分達には出来ると信じていて、自分たち以外にはできないかもしれないと思ったら……そうする以外に無いのだ。
恐らくはほぼ間違いなく、奴の急所は……体のど真ん中にある何かの芯だ。外からでは無理そうなら……中からか……なあ? 探れとは言われたけど、これやったら怒られるかなあ。
「2人いっしょなら、だいじょうぶ」
悩む俺に冷静なジルちゃんのつぶやき。不思議と、覚悟が決まるのだった。
「ジルちゃん、行こう」
「うん。いっしょ、だよ」
4人に遅れることしばし、俺とジルちゃんも一気に走り出す。途中で練り上げたマナに、ジュエルビーストは感づいたのかみんなの貴石術を受けながらも見おぼえのある行動を行った。そう、舌を伸ばそうとしたのだ。だけど俺もジルちゃんもそれを見抜いている。
切れ味を上げた聖剣を握り、ジルちゃんも出来るだけ長くした透明な刃を手にしている。そして伸びてくる舌。どこか毒々しい、紫色をしていたそれは出来るだけそばにもいたくないなと思わせた。
「斬れ……た!」
喜ぶのもつかの間。聖剣にこびりついた粘液のような物が明らかにおかしいことに気が付いた。まとわりついたままの聖剣からマナが吸い出されている!? 慌てて振り払うと、それは地面に落ちてまるで酸性の液体のように煙を上げ地面に溶けていく。
(こいつは……どこまでマナを吸えば気がすむんだ!)
状況から、俺は相手の狙いにたどり着いた……と思う。こいつは、周囲のマナを取り込み、さらにはそれでも足りずに俺たちを狙っている。大きな大きな、マナの供給源として。
「みんな! コイツはマナを吸収する! もしかしたら貴石術もダメージを受けたふりをして吸収してるかも!」
「そういうことっ! はじけてるのはいらない部分ってことねっ」
炎に焼け落ち、凍り付いた部分も削げ落ち、風で切り裂かれ、岩にえぐられているジュエルビーストの体。一見ダメージを受けてるように見えて、これは……老廃物なんかを捨てているに等しいのだ。その影で、こちらの攻撃を味わっている。
「はわわっ、でもどうするです?」
「外が駄目なら中からっていうけどさー!」
「私たち4人では恐らく……マスター!? ジルちゃんも!? 必ず、戻ってきてくださいね!」
属性に特化した4人では決定打が無いだろうことはなんとなくわかっていた。つまりは、出番である。隣にいるジルちゃんが俺の手をぎゅっと握った。そちらを向けば、真剣な顔が頷きを返してくる。
「もしかしたら、だめかもしれないけど……いっしょ」
「そうだね、最後まで一緒だ」
そっとジルちゃんを抱き寄せ、白いマナを自分のそれと絡ませる。そうしてつながり合った2人は、同じ言葉を口にするのだ。
「「いくつもの約束を果たし、今ここに……結べ、マリアージュ!」」
純白の光。俺達2人を祝福するような光の柱に包まれ……隣にはシンプルながら動きやすそうなウェディングドレス姿のジルちゃんがいた。2人の手の間には、聖剣とジルちゃんの刃を合成したような綺麗な剣が一振り。
「行くよ」
「(コクン)」
頷きを合図に、俺とジルちゃんは飛んだ……ジュエルビーストの口の中へと。
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