JD-309.「黒い疑惑」


 その日、俺たちは自分たちが倒すべき相手が世界に生まれ落ちたことを悟った。魔物達の本拠地があるであろうと予想されいる西方の土地。そこから放たれた正体不明のプレッシャー。遠くからでもその存在は感じられ、そいつが移動した先からやってきたのは、謎の怪物により陣地の1つが壊滅したという知らせだった。


「大きな獣のような何かが押しつぶしてきた……全身から無数の貴石術を放つ動く要塞の様であったと」


「どうしますか、将軍。援軍を出すにも壊滅状態ということでは……」


 緊急で人が集められ、対策会議が開かれる。と言っても目撃情報はわずかで、たまたま陣地から離れていた人員が生き残ったのみなのだ。その生き残りさえ、遠目にそれを見ただけである。


 動くにせよ動かないにせよ、問題があることは誰しもわかっている。だからこそ決断をしなくてはいけないのが指導者として上に立つ者の悩ましいところだろうと思われた。だからこそ、俺は1歩前に出る。


「俺たちが行ってきますよ。最悪、逃げて情報だけでも持ってきます」


「君たちが優秀だというのは嫌というほど知っているが……いや、しかし……」


「だめっていわれても、ジルたちは行くよ?」


 悩むヨーダ将軍に説得を試みようとした俺だったが横合いからのジルちゃんの一言が全てであった。そう、俺たちがもう行く予定なのだ。ただ単に、それを説明しているに過ぎない。


 若干の沈黙。恐らくは軍人としての責任であるとか、大人としてのプライドであるとか、そういった物がせめぎ合っているのだと思う。俺が同じ立場だったら少なくともすぐには返事が出来ないはずだ。訳も分からないうちに、陣地が潰されるというのは訳の分からない恐怖でしかないのだから。


 結局、俺たちは単独で向かうことになった。実際に壊滅していたのならば再度陣地を構築するために必要なコストなどを考えた結果、今すぐは動けないことが確かになったからだ。


「なあに、無事に終わればすぐに戻ってきますよ。実は、空も飛べるんです」


 ここに至っては隠す理由もあまりなく、俺は目の前で軽く浮いて見せた。最初は足だけ飛び上がってひっくり返ったりしたものだが、今となってはお手の物だ。ヨーダ将軍たちのぽかんとした顔がなんだかおかしくて笑ってしまった。


 ジルちゃんたちも微笑んでいて、そのことで俺たちも負けるつもりがないことをわかってもらえたのかもしれない。


「よろしく、頼む」


 地面に降り立ち、将軍の差し出してきた手を握りしめつつ、頷いた。ある種の契約めいたやり取り……勝って、生きて帰ってくる、そう思えることができた。


 視線を集めながら、俺たちはそのまま屋根のない場所へと出るとさっそくとばかりに浮き上がる。歓声やどよめきを聞きながら、正体不明の何かに襲われた陣地へと飛び立つのだった。



「無数の光を撃ちだしてたとか言ってたわよね」


「ボクさー、心当たりがあるんだけど」


「フローラもです? たぶん、あのおっきなカエルなのです」


 空に舞い上がってからの話題は当然、陣地を襲ったという謎の魔物らしき相手のことだった。大きくて、無数の貴石術を放っていた、となれば……一番近そうなのはジュエルビーストだ。だけど、あいつだとしたらあそこまでのプレッシャーを感じる理由がわからない。あるいは、前に出会った奴がまだ成長する余地があり、成体になったということだろうか?


「いずれにせよ、手加減しながらではいけそうにありませんわね。マスター」


「うん。近くになったら……マリアージュから一気に決めよう」


 不確定要素は減らしておくに限るのはどのシチュエーションでも同じだろうね。下手につついて何かが飛び出してきてもたまらない。4人がマリアージュし、そこにジルちゃんが加わっても倒せないような相手なんてのは出てきてほしくないけれど……どうだろうな。


 どんどんと後ろに流れていく景色。それは必死に走ってきた兵士の頑張りがある意味むなしくなるほどの光景だ。そうして見えて来たのは確かに切り開かれた跡。まだ遠くに見えるが間違いない。


 けれど……。


「なにもいないよ?」


「ええ、そうね。瓦礫はあるみたいだけど」


「この距離でも見えないなんておかしいねー、とーる」


 遠距離の砲撃に備え、いつでも防御が可能にと集中しているニーナとラピス以外の言うように、ここから見える限りではそんな魔物は見えない。どこかに行ってしまったんだろうか?


 念のために離れた場所に降りた俺は、まだどこかに逃げたわけじゃないことを悟る。あのプレッシャーが、確かに感じられたからだ。近すぎるためか、どうにも向きがつかめない。それは皆も同じみたいで、円陣を組むように構え始めている。


「いきなりは無いか……こちらの様子をうかがってるのか?」


「あるいは、どこかで休息をしているか……ですわね。陣地跡に向かってみましょうか」


 警戒は続けつつ、ゆっくりとそのまま街道代わりに切り開かれたであろう道を歩いていく。歩きながら、気が付いた。周囲に虫や獣の気配が全くないことに。彼らもわかっているのだ……それだけの相手が近くに来たことが。


「見えて来たわ。でも、何もいないわよ」


「嫌な感じはガンガンするねー。何か動いたっ!」


 フローラの叫びに、たまらず聖剣を構えてそちらに向け……俺も動きを止めた。確かに何かが動いている。黒い、うっすらとした影のような物。見覚えは無いのに覚えている。この感じを俺は知っているぞ!?


「はわわっ、この感じ、黒い結晶……あれと同じなのです!」


「ご主人様、変身する」


 相手の正体はますます不明だが、危なそうなのは確かだった。ジルちゃんに頷き、みんなも俺の手を握った。握った手に灯る光がマリアージュが可能なことを示している。


 青のラピス、黄色のニーナ、緑のフローラ、赤のルビー。それぞれが属性を担当し、水の流れを、土の優しさを、風のささやきを、火の揺らめきを……俺に与えてくれる。そんな彼女たちに、俺は応えよう。


 周囲に四色の光が満ち、4人は大きく変化した。ジルちゃんも貴石解放をしようと思った時だ。視界にいたよくわからない黒い物が形をとった。ただの靄の様だったそれが形作った物、それは……。


「人間……?」


 顔も、体つきもわからないがなんとなく、人間だとわかる黒い影。不気味な存在感を放つそれは……次の瞬間、崩れ落ちた。


「なっ!?」


 突然のことに驚きを隠せない。一体、何がしたいのか。亜人たちが集めていたあの黒い結晶と同じような物だというのなら、放っておくわけにはいかない。みんなして陣地跡に近づいたとき、本当に何の前触れもなく……嫌な予感だけが背中を走った。

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