JD-308.「人である理由」


「マスター……あれは……」


「まだわからないことが多いよね。ちょっとまとめようか。どうも俺たちは色々見逃してるか、上手く結びつけられてないだけなんじゃないだろうか?」


 珍しく不安を顔に張り付けているラピス。そんな彼女を慰めるように敢えて俺は自信があるようにして見せた。実際、ヒントになりそうなものはこれまでにいくつもあったのだ。


 まず言えるのは、魔物として戦ってきた相手の中で、獣やその類の延長にいないであろう相手は魔物そのものではないのではないか、ということだ。主だった代表は水晶獣たちからだね。


「水晶獣は食べ物だって食べられないような体の構造だし、何よりあれが増えるとは思えない」


「確かにそうなのです。中身は全部水晶みたいな塊だったのです」


「肺も……無かったわね」


 2人に頷きながら、これまでに何度も相手をした水晶獣を思い浮かべる。見た目は獣っぽかったりするけど大きさや色々な部分があり得ない。ある意味わかりやすい相手だと思う。あの出現してくる魔法陣の秘密はまだわからないままだけど、逆に言えばあれが出てくるというのがわかりやすいわけだ。


「後は―、あの人形みたいなやつとおっきいやつ?」


「大きい方はどこかで見た感じなのよね。コピーされたのかしら?」


 ここで出会った巨人の方はもう、明らかに人間側で開発されていた物を情報として持ち帰っていることがすぐにわかる。欠点すら同じということは、だいぶ前から情報を集めていたに違いない。欠点を改良することは出来ないだろうけど。


「お人形さん、変だった」


「そうだね……一番厄介だと思うのは水晶人だ。俺はあの中身に意識があるんじゃないかなと思ってるんだ」


 主にルビーとラピスの視線が、そんな馬鹿な、と言いたそうに突き刺さる。俺もなんとなくの域を出ていないのだが、どうも意識がないとは思えないのだ。ただ単に、柔軟性がないだけで……ね。あれを相手にしていて感じていた違和感のような物は、今思えば正体がわかる。


 以前に、奪還した形の砦跡にいた人間らしい意識の集合体を思い出したのだ。あれも1人ではなく、10人以上の人間の意識が寄り集まった物だろうと考えていた。船頭多くしてというように、意識が集まりすぎて混乱もしていたように思う。もしもあれが、あの時に水晶人のように自己主張する部分の無いものだったら……もっと苦戦していたと思う。


「戦力として使いやすい獣としての意思、そして物事を考えるのに適している人間の意思。両方を使うようになったんじゃないかな」


「獣や魔物をまねるだけじゃ足りなかったってことになるわね……だから、逆転の発想で相手の強さを自分も持てばいいと考えた」


「お母様も、見えないっておっしゃっていた相手がこちらを覗いているのでしょうか?」


 考えたくはないけれど、どこかに人間側を観察する何かがある。それは魔物なのか、小さな何かなのかはわからない。どちらにせよ、これまでよりも相手は厄介であろうことは予感としてもあるし、間違いないだろうと思う。


「ジルたちもご主人様がいなかったらあんな感じになってたのかな」


「はわわっ!? 考えたくもないのです……でも、貴石術を使う人間じゃない存在という点では……あう」


 落ち込むように顔を伏せるニーナを隣のルビーが抱き寄せた。今さらではあるが確かに今の俺も含め、みんな純粋な人間ではない。だけど、それはそれだ。決して、あれらと同じではない。


「私達は私達ですわ。仮に似たような存在だったとしても、マスターを愛せるのは私達だけですの」


「ありがとう、ラピス。俺もみんなのことを大切に思ってるよ」


 小さく笑うみんなを見ていると思う。絶対に負けられないと。そのためには調べるべき物は調べる必要がある。まずはあの巨人の腰にあった魔法陣だ。組み合わさって形を変えているけれど、1つ1つは皆と同じ属性の意味合いを持つように見えた。だけどジルちゃんたちが真似されたというのは違うと思う。


 じっくり観察するとわかるのだが、俺達以外でも貴石術を使う際に術が出てくる場所に一応魔法陣は出ているのだ。その模様を確認する限り、やはり同じような模様だ。みんな特有の、ではなく属性特有の模様、と言えるだろう。


「複合させて力を増加させるというのを敵が覚えたってことね。ますます逃がせなくなったわね」


 ルビーの言うように、敵は覚えてしまったのだ。単独の属性より上手く使えば強いということに。だからこそ、巨人はパイロット無しでも自律な仕組みで動いていた。もしかしたらそこに、幽霊のように何かの意思が宿らされていたかもしれないけれど。


「普通の魔物だとかは兵士や冒険者に任せて、俺たちは俺たちの相手に向かおう」


 新たな決意を全員で持てた瞬間であった。そのまま他の細々としたことを話し合い、いつしか日が暮れ、夜となる。結局はその日、不気味なほどに何も目撃されず、襲撃もなかった。


 決意を改めた翌日。まだ遠い西の土地から、思わず飛び起きるほどの力の波動が広がるのを感じた。体中を通り抜ける衝撃波のような物、と言えば伝わるだろうか?


「何が起きたんだ!?」


「わかりません。ですけど私達だけでなく他の皆さんも」


 今ので飛び起きたのは俺たちだけではなかった。見張り担当以外の面々も、着替えも碌にしていない状態で飛び出してきていた。そして全員で同じ方向を見る。ということは同じ方向から今のは飛んできたということだ。


「ご主人様!」


「何か来る! 伏せて!」


 ジルちゃんの警告の声に続いて俺もそれを感じた。また遠くで、何かが弾けると。咄嗟に叫びつつ伏せながらも見逃すまいと顔だけは少し上げておく。そして広大な森を大きなホウキで撫でるかのように遠くからそれは広がってきた。


 先ほどのように、体を貫く何か。それが収まった時、視線の先には遠くに立ち上る……7色の柱。虹色というしかないそれは、綺麗なはずなのになぜか胸の動悸が収まらない。あれは……まずい奴だと何かが訴えている。


「動いた? こっちじゃない……どこに!?」


 そして柱が縮まったかと思うと、そこにいたであろう何かが俺達ではない方向へと飛んでいった。


「あの先には別の陣地があるはずだ……」


 誰かのつぶやきが、その後の状況を予言しているかのように感じたのだった。悪い予感という物は良く当たる物で、さらに数日後……謎の存在が飛んでいった先で壊滅したという陣地の生き残りが駆け込んでくるのだった。

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