JD-295.「もこもこに貴賎なし」
「あれかな……?」
「たぶんそうだねー。強い風……当たりだね」
一番近い人里から空を飛んで2日。徒歩だと……どうだろう、結構かかるのかな? 最近人が来ていないんだろう道はかつての街道跡に沿ってまっすぐ伸びる草原と化している。かなり前に放棄された人里の跡だ。場所的にはスーテッジ国の国境沿い、お隣に近い場所。
こんな場所で結晶を見つけたとして、意味があるのかというと、ある。王都を中心に起きている例のマナの異常具合は段々と周囲に拡散している。原因である貴石砲や巨石兵の不完全な運用が止まれば、後は薄まっていくばかりなのだけどすぐにはなくならない。そして、火晶や風晶等、結晶たちの力が強まればマナを欲することになり……一時的に薄くなった場所に周囲からかき混ぜられるようになってマナが均一化するのだ。
「お話からするともう20年は前ですわね……」
「だーれもいないのです」
適当な丘の上に着陸した俺たちが見つめる先には大自然。その中に、木々に飲まれそうになっている街の跡が見える。かなり遠くで、それっぽいっていうだけだけどね。ここに来れた理由は簡単な話で、アーモの街でナルちゃんらだけでなく周囲に住んでいる同じような元難民だった状態の人達から色々と話を聞いておいたのだ。近くに、自然にあふれた秘境めいた場所は無かったか?ってね。既に火晶を育てた火山もそのうちの1つ。そして今向かっている山の谷間は、年中そこそこ強い風が吹いてくることで知られていたらしい。
「その分、亜人の住処になりやすい……か」
「どうするの? ここから吹き飛ばすの?」
「例のコボルトたちの話もあるしなあ……」
かつての人里を襲った相手と、遠くの廃墟に住み着いている相手が同じかどうかはわからない。話が通じる相手だといいのだが……。それに、ここからだと相手がよくわからない。将来はわからないけれど、今は協力できるならそれもいいかなと思う。突き詰めれば、人間と獣人だって見た目の問題で争いがあったわけだしね。
っていうか、なんだかどっかで見たような気がするんだよな……具体的には、トスネスの国で……。あの四つん這いの状態で動いてる姿といい、見た目の大きさといい……ねえ?
「私の目の錯覚かしら? あれ、リブスじゃないの? 同じ一族かはわからないけど」
「もふもふしてるよ?」
そう、一応木々に隠れながら近づいて行って見つめる先には、人の住んでいた場所を利用してか出入りするオットセイのようなトドのような姿の動物がいた。暮らす場所の問題なのか、産毛のようにもこもこっとした毛が全身に生えている。大きさを考えなければそのまんまぬいぐるみが動いてる感じだね。
ざっと見たところ、前に出会ったリブスの集団より数が多い。でも見た通りの存在なら水が相応に必要なはず。近くに川は……確かあったかな? だけどそれで間に合うんだろうか? どうして川の方に住まないのか?
その答えを得る前に、事態は急変した。
「マスター!」
「見えてるっ! フローラ!」
「おっけー!」
ジルちゃん達には後から追いかけてきてもらうとして、運よく最初に見つけたラピスの叫びに従い、フローラと一緒に大空に飛び上がる。まるでロケットが飛ぶように草原を風が吹き荒れた。そのまま突き進む先には、リブスと思われる集団に襲い掛かろうとする、空からの強襲者がいた。
まるでワシやタカのような姿の、大きな……竜。いつだったか嵐を呼んでいた奴とはまた違う姿だ。狙われた獲物のように、廃墟のリブスたちが慌てふためいている。それでも逃げきれないのもいくらかいる。慌てていたのかわざわざ大通りになっている部分を必死に逃げるリブス。それを狙う竜。
「弱いものいじめはそこまでだー!」
こちらの気配に全く気が付いていなかったのか、無防備な横顔にフローラが勢いそのままドロップキックをぶつけた。彼女自身は軽い少女とはいえ、この速度と風をまとった一撃は相当な重さとなるはずで、その通りに竜の顔が見事にゆがむ。
「こんのっ! ちっ!」
空を飛んだまま聖剣を振るうというのはなかなか難しく、首を断ち切ろうとした俺から身をよじって逃れ、その爪先をわずかに切り落とすだけに終わった。それでも神経が通っている場所だったのか、空に竜の咆哮が響き渡る。
「まだやるか!」
まるでいつか見たロボットアニメのように、自身の背中やらに貴石術を使った翼モドキまで作り竜を威嚇した。これまでの経験上、竜はそこそこ頭がいい。メリットデメリットをしっかり見せてやればよほどのことがない限りは……ほら、逃げていった。
浮いたまま下を見ると、廃墟の入り口にジルちゃんたちが到着し、その前に白や灰色のもこもこっぽい姿が集まっている。そのうちの半分以上は俺たちの方を見上げてるかな?
「とーる、まずは降りよっか」
「そうだね。上手く交渉出来るといいのだけど」
思わず竜から助けた形になったけれど、ここのリブスたちが友好的とは限らない。今のところジルちゃんたちが襲われてる様子はないからいきなりってことはなさそうだけどね。警戒するに越したことはない。
脅かさないようにと、ふわりふわりといった感じで降りていく俺とフローラを、熱心に見つめているのは……大きさからして大人が多いかな? ちょっと意外だった。その代わり、小さめの子達はジルちゃんたちの方に向かっている。
「えーっと、言葉はわかりますか?」
街の広場だったであろう部分に降りた俺は、遠巻きにこちらを見る集団に向けてそう問いかけた。今だにこのあたりの種族の表情はわかりにくくて仕方ない。だから、こっちを怖がってるのかそうじゃないのかがわからないんだよね。逃げ出さないからそこまで怖がられてはいないと思うけど。
「聞こえておるよ。人の子よ。悪いがまずはそのマナの放出を少し抑えてくれんかの? 我らには眩しくて仕方がない」
数歩前に出てきたのは、どこが毛でどこが髭だかわからないようなたぶんお年寄り。その目が帆染まっているのはどうやら年齢だけの問題じゃあないようだった。フローラのほうを見ながら、意識して力を抑える。気のせいか、周囲の雰囲気もほっとしたものになった気がする。
「俺たちは精霊の宿る結晶を探しに来たんだ。思わず助けてしまったけど、問題なかったかな?」
「感謝こそすれ、文句は全くない。我らが本来の住処にいられたのならばどうにかできたかもしれんが……」
ひとまずの懸念、助けたほうが悪役だった、ということはなさそうだった。たぶんだけどジルちゃんたちはこのリブスたちに協力するっていうだろうしね。それにしても、元の住処……か。もしかしてオルトたちと同胞なんだろうか?
「ねえ、その住処って遠いの?」
「いや、すぐそばじゃよ。あの山のふもとにある大きな湖じゃ。今では先ほどの竜たちによって占拠されているがのう」
そういってヒレのような手で指さす先は俺たちが行く予定だった山の谷間とほぼ同じ方向だった。そういえば、近くに湖が見えたような気がする。そこが住処となると、オルトとは別枠かな? どちらにしても、話をする価値はありそうだった。
「まずは、話をしないか?」
「よかろう。子供達もあちらに夢中なようだしな」
友好的な人間以外の種族が海洋生物っぽいのが多いのには何か理由があるのだろうか? そんなことを考えながら、俺たちはジルちゃんたちと合流し、話し合いに挑む。
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