JD-294.「大事なのは中身」



 ジルちゃんたちのようにマナを体に注ぐということを試し、成功したナルちゃん。彼女の一部が急成長するという問題が起きたものの、それ以外には大きな問題は起きなかった。敢えて言えば、起きて来た彼女はいつもより多く食事をとったぐらいか。


「なんだか、お腹が空いて起きてしまったんですよね」


 あっけらかんとそう言いながら、昨日の倍は食べているナルちゃんであった。健康なのは良いことだけど、ずっとこのままだとそれはそれで……女の子だしね。最近はみんながたくさん食べる時には出来るだけ見ないようにしている。恥ずかしい気持ちがきっとあるんだろうなって思ってるからだ。


 食事の後、正確には食事の時から子供たちの視線はナルちゃんに集まっている。それはそうだろう。特に目の輝きが違うのは女の子たちだ。すごいすごいと連呼し、怒られるまでそれは続いていた。

 食事の後になればさらにその騒ぎは大きくなり、隠しきれなかったナルちゃんから何があったかが俺が石英をあれこれしてというところだけが漏れていき……。




「危なかった。もう少しでこの世界でもさすがに捕まるところだった気がする」


「もう遅い気はするけれど……まあ、そうよね。副作用が他にないとも限らないんだもの」


 半ば強引に、大きくなったらねと伝家の宝刀を繰り出した俺はそのまま仕事だからとジルちゃんたちと一緒にナルちゃんたちの家を飛び出した。あのままいたら、最終的には押し切られていたかもしれないと考えると結構ぎりぎりだった。小さくても集まるとあんなに迫力あるんだなあ……女の子ってすごい。


「とーるー、本当に大きくなってから言われたらどうするの? とーる、おじちゃんだよ?」


「控えめに言って……その、絵面がよろしいとは言えない可能性が高いですわね」


「はわわっ、トール様つかまっちゃうです!?」


 足早に街道を抜け、人気のなくなったところで空に飛び上がっている俺達。そんなだから会話もすぐそば、密着した状態である。あれやこれやと4人が騒ぐ中、ジルちゃんは一人静かだった。思わず心配になってそちらを見ると……何故か自分自身の胸に手をやってじっと見つめていた。


「ジルちゃん?」


「……いっぱいしてもらったのに、大きくならない。なんで?」


(な、なんでだろうねえ……あははははは)


 宝石娘が厳密には人間じゃないから、なんてことは何の説得力も持たないし、納得しないだろうと思う。第一、悲しいじゃないか。だから俺は気持ちを伝えるべきだと思った。そんな心配はしなくていいんだよと。


「大丈夫! 俺、ジルちゃんのそのままが好きだからさっ。もちろんみんなもね」


「……やった。ジルも、ご主人様とみんなが大好き」


 我ながら、爆発しろとどこからか聞こえてきそうな瞬間であった。腕の中で、美少女というか美幼女が幸せそうに笑みを浮かべているのだ。しかも彼女のぬくもりを感じながらである。自然と、みんなに笑いが広がる。なんだか楽しくなって、フローラと一緒にぐるぐると回りながら俺たちは空を飛ぶ


 向かう先は……火山。


 何故だかわかる方角を確認しながら、俺たちがこっちの土地に出てきた時の火山へと向かっているのだ。あの場所にあった火晶に力を注ぎ、大きく育ってもらうことで近くのマナ量を調整してもらおうというわけだ。この前は厄介な相手はいなかったからね。


「と思ったんだけどっ!」


「先日はお留守だっただけのようですわねっ」


「ええいっ!」


 視界をラピスの繰り出した青い膜が覆い尽くし、相手の炎とぶつかり蒸気と化す。そのままでは視界を封じられている状態だが見越したフローラの風がそれをどかし、俺たちと相手の間には何もない空間だけが残る。ゲームに出てきそうな、岩と溶岩を鎧とした……竜だろうか?


 火晶に近づいた俺達がその気配を感じたのは、前よりも岩山の数が多いような?とニーナが呟いた時だった。岩山が動き、相手が俺たちへと襲い掛かって来たのだった。


「そのまま受け止めるとアチチなのです!」


「? ご主人様、暑い?」


 そりゃ暑いよ火山だからね、そう言おうとしてジルちゃんの言葉の意味を考えた。視線の先には、関節やらなにやらから炎を吹き出している魔物。よく見ると、何かおかしい。動きは遅いし、動くたびになんだかイヤイヤとするように体を揺らしている。


「暑いの、我慢できなくなったのかな」


「! そういうこと……トール!」


「ああ。フローラ、ラピス。あいつを冷やしてやってくれ。急すぎないように」


 火山地帯に住んでいるのに何をおかしなことを、と人は言うかもしれない。けれど今はそうとしか思えなかった。直接ラピスの力をぶつけると冷えすぎてしまうと判断した俺は、フローラの風に冷気を乗せて全体を冷やすことを試してもらった。


 ゆだるような暑さの中に吹き荒れる爽やかな風。それは来た時より活発になっている気のする火山活動の横だというのに周囲と魔物を十分に冷やし……全体的に黒く冷えた竜っぽい魔物が残った。口元からはまだ火の粉が漏れているけれど、先ほどまでのようなどう猛さはどこかに行ってしまったようだ。


「ばいばい」


 ジルちゃんの言葉を合図にしたかのように、相手はのしのしと反対側に歩いていく。ひとまずこの場はしのいだようだった。でも原因を取り除かないとまた繰り返しだろう。この時間の間に、ということで俺たちは火晶の元へと向かう。


「なるほど……まだ精霊がしっかりいないせいかしら? 吸えてないみたいね」


「この辺の事情はよくわからないからなあ……」


 大地の結晶である地晶は、力がたまりすぎてどうにかして処理しようとしていたが周囲の環境にまで影響を与えていた。火晶もまた、上手く取り込めていないのか周囲にそれらしいマナが漂っている。これをうまく注いでやればいいだろうか?


「お友達が増えるといいな」


「同意なのです! ここはルビーと自分が主役なのです」


 火晶と言えども別に燃え盛っているわけではない。溶岩のような、熱を持っている物、の象徴でもあるのでルビーだけでなくニーナも出番というわけだ。2人をメインに、俺たちは漂うマナを意識して火晶へと誘導する。俺がみんなにそうするように、遠くからフローラの風も使って集まる道を作り、結晶へとどんどんと注いでいく。


「みんなで、あそぼ?」


 その一言がきっかけになったかのか、火晶があちこちで輝いたかと思うと種が芽吹くように何かが飛び出て来た。小さな人形のような姿、精霊だ。自然と誕生する精霊と、こうして出てくる精霊にどんな違いがあるかはまだわからない。けれど周囲のマナの様子を見るに、成功したんだと思う。


「よーし、次の現場を探しにいこっか」


 事前に集めたいくつかの心当たりを当たるべく、俺たちは火晶の精霊たちに挨拶だけをして再び空に舞い上がるのだった。向かう先は……とある山脈の谷間にある渓谷である。

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