JD-293.「それには夢が詰まってる?」
蒸し暑さで目が覚めた。クーラーの切れた早朝のような、微妙な暑さ。気だるげに目を開くと、そこには何度も見たことのある光景が広がっていた。どっちが上だかわからない、女神様のいる空間。だけど前より家具が多くて、なんとなくだけど場所も広く感じる。
「……あれ?」
俺も記憶が確かなら、今までどちらかというと涼しかった記憶がある。その理由は今の俺にはわかる。視界にはマナであろう光の粒がかなりの密度で漂っているのだ。敢えて見えないようにしないと眩しくて仕方がないぐらいだ。
そうして見えるものを制限した状態で周囲を見渡すと……いた。女神様がなんだかクッションのようなものにもたれかかってぼんやりしていた。まるで休みの日に暇を持て余すOLのようだ。いや、そんなOL見たことはないけれども。
「あー……おはようございますー」
「随分と威厳の無い格好で」
だるいという言葉をこれ以上なく体全体で体現している女神様。汗ばんでいるようにも感じ、薄布のドレスのような物だけを着た姿は、性的には残念ながら反応しないが女性としては魅力的なんだろうなという姿になっている。この状態で一人は寂しいの、なんてささやかれたら以前の俺ならまずかっただろう。うん、以前の俺なら。
「トールさんだってなんだか世をはかなんだ顔をしてますよ? 具体的には、自分が少女趣味に浸かりきってるんだなって顔っぽいです」
「妙に具体的だな!? そんなところに女神らしい洞察力を使わなくていいんじゃない!?」
思わずつっこみながらも、なんだかこのやり取りも楽しいなと感じている俺がいる。ジルちゃんたちはこう、友達ではなく恋人、大事な相手だ。それと比べると女神様は……本当はそんな関係じゃないんだろうけど、遠慮なくつっこめるというか、相手が出来るというか……なんだろうな。
「そんなことないですよー。トールさんがわかりやすいんですよ。歴代最高です!」
「嬉しくない歴代最高だ……って、そんなことをするために呼んだんじゃないよな?」
一応、これまでにここに呼ばれた時は緊急の連絡だったり、重要なお知らせだったりしたわけで自然とこちらも心が身構えるのだ。座り直してじっと女神様を見る間も、なんだかじっとりとした空気があまりいい気分にはしてくれない。この暑さも気になるところではある。
「今日の要件はですね……マナのバランスが一部崩れてて、こっちに一時退避させてるってことですかね」
「やっぱり人間の作ったあれらのせい?」
状況的にパッと思い浮かぶのは貴石砲、そして巨石兵だ。俺たちもあれのせいで地域としては可笑しな状態になっているって結論付けている。それにしてもそれがここまで影響を及ぼすほどの規模になってるとは……と考えていたのだが。
「それだけじゃないですよー。魔物側もなんだか予想より動きが激しくてですね。かといって私が押さえつけるわけにもいかないし……それに、やっぱり見えなくなったんですよ」
「女神様が……見えない? それは前にも言っていた向こうの妨害が?」
正確には人間の味方ではなく、世界の味方である女神様。たまたま人間側が頑張らないとバランスが崩れてくるから俺に力を与え、人間側に降ろしただけなのだ。そんな世界の管理者のはずの女神様が、見えない物があるわけがないのだ……普通なら。
「実は以前にも……2度ほどありました。最初は全身貴石で防具を作った1人の貴石術士でした。2回目は……あれはそう、暴走した精霊の集合体というべき物でしたね。いずれにせよ、娘達と力を合わせて本気で相手をすることになるでしょう。マリアージュは後3人ほど、何とか頑張ってくださいね」
「そっちはたぶんなんとかなりますよ。魔物の切り札に注意……と」
脳裏に浮かぶのは、何度か見た黒い結晶体だ。詳しいことはわからないけれど、俺たちにとっては良くないように感じるけど魔物的には逆に俺たちで言えば精霊の住む結晶と同じように力の源なのかもしれない。俺たちが見つけられていないだけで、世界のあちこちであれが何かの儀式めいた貴石術に使われているということだってあるんだろう。
「えっと、今日はそのぐらい?」
「そうと言えばそうですねー。あ、持っていけるだけここのマナも聖剣で持って行ってください。聖剣の中にある限りは外に影響ありませんので」
やはり、いくらでも石英が吸収できるなあと思ったら聖剣はほぼ底無しらしい。頷いてなぜか腰に下げたままの聖剣の柄を手にし、石英からそうするようにマナを吸収し始める。まるで空気清浄機が汚れを吸うかのようにどんどんと吸い込まれていくのを感じる。
こんな聖剣を扱えるのはごく一部、まず間違いなく俺か俺と同程度の存在しかありえないだろう。それほどの、力になっている。
「なんだか順調に人間を辞めていってるような気がする」
「いいじゃないですかー、人間のままだと捕まるようなことしてるんですし」
ぽつりとつぶやくと、無駄に鋭いカウンターが帰って来た。この口調、そして表情からはこの前のことも見られている。女神様が覗きなんて評判に響かないのだろうか?って知ってるのは俺だけか……。
「うぐぐ……でも誰にでもじゃない」
混乱からか、我ながら変なことを口にしたなあと思う。それを聞いた女神様もくすくすと笑ってしまう始末だ。なんだか妙に恥ずかしい。実際、あまり表立って言えることでもないしなあ……。
「あ、したら今の娘達以外とじゃ出来ちゃいますから気を付けてくださいね」
「母親がそんなこと言わないっ!」
自業自得の展開ではあるのだけど、さすがに突っ込まざるを得ない。吸収の終わった聖剣を片手に、もう片方でハリセンを生み出していつものようにツッコミを入れようとして……足場が消えた。
「ひ、卑怯な!」
「またお会いしましょー!」
すぐ遠くなる女神様。なんだか段々と手が込んできてるな……そう思いながら俺の意識は浮上するのか落ちていくのかわからない感覚に襲われる。
「くそう、今度会ったら……」
「あふ……お散歩でもしてきたんですか、お兄さん」
がばっと体を起こし、みんなと一緒に寝ていた部屋であることを確認した俺はそんなことを呟いていた。それに返ってくる予想外の声。そういえば、昨日はナルちゃんも一緒に寝たんだっけ……。
「? お兄さん?」
「気のせいかな……ナルちゃん大きくなってないかい?」
まだ眠たそうな少女。でもその体は明らかな変化を帯びていた。具体的には背丈はあまり変わってないのに、2つのふくらみが昨日とは違うんだよと自己主張している。
「え? あっ……嘘、なんで……お兄さん寝てる間に揉みました?」
「揉んでないっ、それにそれは迷信だっ!」
焦った俺はまだジルちゃんたちが寝ているというのにやや大きな声を出してしまう。その声でみんなが起きて来て、朝から妙な騒動になったのは……言うまでもない。
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