JD-292.「少女強化中」


 ある夜、いつものようにジルちゃんに石英を投入しようとしていた俺。もうみんな寝ただろうなと思っている時間だったから油断した。たまたま起きてきていたナルちゃんがちょうどそのシーンを目撃してしまったのだ。


 状況だけを見ればそういう関係と思われても不思議ではない光景。でもナルちゃんから飛び出したのは、予想外の言葉だった。貴石人、そう彼女は口にした。わざわざ調べたり、知識がないと知らない単語だ。


「ナルちゃんはどこでそれを?」


「えっと……両親や長老がお祭りの時に話してたんです。自分たちがこの世界に生きていられるのは、昔々の貴石人たちが頑張ってくれたおかげなんだよって」


 部屋に入り、ちょこんと行儀よく座るナルちゃんはみんなとは違った可愛らしさがある。具体的には、つい餌をあげて撫でたくなるような……そんな感じの物。もちろん動物扱いという訳じゃなく、雰囲気の話だけどね。


 頭をひねって思い出しながらの話はなるほどと思うことだった。彼女の故郷は、既に魔物に追われて住めなくなった廃棄街だと聞いている。それだけ魔物の脅威が身近だった場所ともなれば貴石術の使い手もそれなりにいただろうし、話も残りやすい。


「ないしょ、だよ」


「ええ、そうね。あまり大っぴらにすることでもないもの。だからと言ってここから立ち去るとかはないから安心しなさい」


「はいっ」


 ジルちゃんとのシーンを目撃してからのナルちゃんが少し顔色が悪かったのはルビーの言ったことが気になっていたんだろうね。自分が見てしまったせいで何か悪いことになるなんて考えたくないのは誰でも一緒だ。

 安心した表情になって、今度はなんだかキラキラした瞳で俺たちをぐるりと見てくる。


「どうしたのー? あ、ナルもしたい? でも駄目かなー……ボクたちだけの特別だからねっ」


「貴石から力を借りる方法を覚える方がきっと役立つのです」


 2人の話をきっかけに、雑談めいた話を始める女の子6人。俺は眠気もどこかに吹き飛び、静かに彼女たちを見守ることにした。話を聞いて思った事としては、確かに人間に試したことはないなということだった。ジルちゃん達みたいな魔法陣が人間にも出て来るとは考えにくい。


 それ以外となると、石英を自分の力にするのはさらに難しいだろう。やはり、武器等を介して吸収するのが精一杯なのだ。聖剣には前から定期的に吸わせているれけど、世間的にもそれによる強化はよく知られている。

 自分なりに信頼できる武器を持ち、石英を吸収させることがもっと浸透するようにアピールでも頼む? 自分達だけじゃ無理だろうから誰かを巻き込んで……うーん、難しいね。


「じゃあ、トール。やってみて」


「はい?」


 唐突に、ルビーに服を引っ張られたと思ったらそんなことを言われた。顔を向ければ、なぜか左右をみんなに挟まれたナルちゃんが恥ずかしそうな顔をしてちょこんとみんなが寝る予定の毛布の上に座っている。一体何がどうなって……?


「マスター、どうしてもナルちゃんも試してみたいそうですわ」


「そうそう。出来ることは何でもやっておきたいんだって」


(試す? 何を? って……まさか!)


 直前まで話していたと俺が記憶している内容を元にナルちゃんを見ると……赤い顔でうつむきながらそっと自分のスカートに手を……そういうことらしい。大丈夫だろうか? 了承したところで異世界警察とか出てこない? 来ない?


「何も起きないかもしれないっていうか、多分その確率の方が高いけどいいの?」


「はい……お兄さんたちがいなくなってからもみんなを守れるようになりたいんです」


 藁をもすがる……とは少し違うかな? 走り込みをして強くなるなら走り込む、そういう考えと同じようだった。本人とみんながいいっていうならまあ、試すだけは試そうか。自分の頬を軽く叩き、出来るだけ恥ずかしくないようにと真面目な表情を意識して脅かさないようにゆっくりと近づいた。


「とーるー、ボクたちの時よりすごい真剣じゃない?」


「ほんとなのです。なんだか羨ましいのです」


「ほーら、そんなこと言わないの。ナル、やる時はやるやつだから安心しなさい。ほら、横になる」


 褒めてるんだかそうでないんだかよくわからない声を聴きながら、適当に石英を収納袋から取り出した。最初というかお試しだしそんな大きくない方がいいよね。親指ぐらいのでいっか……。


 横になったナルちゃんがスカートに手をやったまま、俺が取り出した石英をじっと見つめる。恐怖という感じではないかな? 興味はあるけど不安、ってとこだろうか。


「大丈夫?」


「わ、わかりませんっ。思ったより大きいですけど頑張りますっ」


 どうやらジルちゃんに石英が入ったところまではしっかり見ていなかったようだ。これがみんなにとってはおやつにもならないと知ったらここで止めそうだけどそれは先送りにしてるだけだもんね。改めて、ナルちゃんの横に俺も座る。小柄で、こうして横にいるだけでなんだか背徳感しか感じないのはきっと気のせいではない。


「お、お願いします」


 少しずつたくし上げられるスカート。途中までいったところで、えいやっとばかりに一気に上に上がった。何度か水浴びを手伝っているから初めて見た、という訳ではないのだけどこうした状況で目にするのはやはり、色々とまずい。既に遅いのだが。


 灯りに照らされ、露わになるお腹。意識してさらに下の方は見ない。前見た時には痩せていた体も、ふっくらとした様子を取り戻しており、回復具合を感じさせる。そうすると少女らしい体形が目に飛び込んでくるわけで……っと、いけないいけない。早めに終わらせようと、ジルちゃんたちにしているようにおへそ付近を確認し、手のひらにマナを集めてみた。みんなならこうするとすぐに魔法陣が出てくるのだけど……んん?


「なんだか板みたいね。何も書かれてないわ」


「きっと、これがふつう」


 同じぐらいの背丈の子に囲まれて覗き込まれるという普段なら味わえない感覚がよほど恥ずかしいのか、じっとたくし上げたままのナルちゃんの顔がますます赤くなる。それを感じた俺は丁寧に石英をそこに重ね……押し込もうとして失敗した。


「ひゃっ」


「おっと、ごめん」


 みんなのように魔法陣には沈まず、板のような部分をすり抜けて直接ナルちゃんのお腹に石英が振れてしまったのだ。くすぐったいのか、びくんと震える少女の体。念のためにもう一度やってみるけど、やっぱり通り抜けてしまった。


「そのままでは無理みたいですわね」


「うん。後は……お願いしてみよっか」


 直接入れるのが無理なら、石英の中身にお願いをしよう。武器に吸わせるように、石英から中身であるマナが移動するようにイメージして力を通すと……まるでレモンでも絞っているかのように握った石英から確かにマナが移動し始めた。


「痛かったりしたらすぐ言うのよ?」


「だ、大丈夫です。ふわっ……なんだかぞわぞわします。温かいような、くすぐったいような」


 マナが入ってくるというのは普段慣れない感覚だからか、ナルちゃんはそんな風に表現して見せた。何度かそれを試していくと、マナが中に入らずに少女のお腹の上を流れるようになっていくのが見えた。今のところ、限界らしい。


「どうかな? 何か変わったとかありそう?」


 横になっていただけなのに、運動をした後のようにしっとりと全身が汗ばんでいるナルちゃん。すぐそばにいるからか、鼻に届く匂いはなじみのある匂いで……って、この辺で考えるのを止めよう。真剣な顔で自分の腕を見たり、あれこれしている彼女にさすがに失礼である。


「上手く言えないですけど、すごい体の中に力を感じます。美味しい物を食べて、しっかり寝て、元気いっぱいって感じですね」


「ナルちゃんの、マナそーりょーがあがったとおもうよ」


「明日からは貴石術を使う時には少し気を付けないと威力とかが上がってるかもしれないわね」


 みんなの言うように、俺から見てもナルちゃんの力は大きく上がったように感じる。一時的な物か、それとも器そのものが大きくなったのかは明日以降の訓練でわかるだろう。


 その後は、なんだか寝られなくなったというナルちゃんに付き合って、俺たちはしばらくの間雑談に興じるのだった。

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