JD-291.「きょういくは大事です」


「ウサギさんウサギさん。あ、かじった。食べたよ、ご主人様!」


「はわわ……可愛いのです。自分もあげるのです!」


 賑やかな声が響き渡る。近所迷惑かと思いきや、顔を出してくる大人たちもどこか優しい顔をしている。最初にここに来た時と比べると、みんな貧困から脱したおかげなのかもしれない。経済的な余裕は心の余裕になるのはどこの世界でも一緒だもんな。


 餌やりに夢中になっているジルちゃんたちを見ながら、仕事に出かけていったナルちゃんたちが無事だろうかと心配をしていた。一応ラピスとフローラがついていってるからよっぽど大丈夫だと思うけどね。


「アンタたち、掃除ぐらいはしなさいよ。あの子達ですらやってるのよ?」


 建物から顔を出したルビーの指摘の声に、2人はバツが悪そうな顔をして小走りに建物に駆け込んだ。ああいうところもまだ子供みたいですごく可愛らしいのだけどなんだろう、もう完全に俺は戻れない気がする。いや、大丈夫だ。たまたま好きになったのがみんななだけで小柄だから好きになったわけでは……。


「トール? 立ってるならウサギ小屋の掃除をするか、何か手伝ってちょうだい」


「じゃあ水汲みでもするよ。ラピスがいるっていっても必要だもんね」


 周辺の住民が共同で使ってる井戸に水桶を持って向かい歩き出す。この井戸も、みんなで頑張って掘ったというのだから人間、変われば変わる物だなと思う。スラム手前とまでは言わないけれど、あまり良くない空気だったこのあたりもナルちゃんたちをきっかけに普通の生活を目指そうと住民が一段となって働き始めたのだ。


 町の周囲に若干危険はあるけれど畑を作ったり、故郷のあれこれを活かして働いたりと様々な仕事についているらしい。今はない場所が故郷だというナルちゃんたち。ここが第二の故郷となれるよう、頑張っているようだった。


「俺たちは……特に故郷ってのがない状態だからなあ」


 俺は地球が、ジルちゃんたちも元の宝石という点で言えばそうなんだろうけど……俺はもう地球への意識がだいぶ薄れている。ジルちゃんたちと生きると決めたというのもあるのだけど、恐らくは女神様によってこの世界に産みなおされたからだと思っている。敢えて言えば、女神様に会ったあの場所が故郷なのだ。


「いつかどこかで家を建てて静かに過ごしたいねっと。お?」


 大人1人が1つ運ぶのが限界であろう重さの水桶を両手で1つずつ持ち、戻っていたところで通りの向こうに見覚えのある子達が見える。先頭を歩いているのはナルちゃんだ。時々ふにゃっとした子供らしい顔もするけれど、普段はこうしてみんなを引っ張るリーダーとしてのきりりとした顔だ。本当はもっと大人が先導できればいいのだけど……逆に優秀なのが問題なのかな? 大人の食い物にされないよう、しっかりと教えられることは教えておきたい。


「あ、お兄さん!」


「マスター、水汲みですの? おっしゃっていただければ私がいくらでも出しましたのに」


「このぐらいはね。それよりもお帰り。みんなも……おお、今日も大漁だね」


 地球にいたころでは考えられないけれど、この世界の動植物はかなりの繁殖力を誇る。よほど集中して採らない限り、1週間もしないうちに同じ場所で採取できるなんてことはザラなのだ。そう考えると街のそばにウサギたちが出てこなくなったというのはそれだけで現状が異常に傾いているという証拠でもあるわけだ。


 というわけで今日もラピスたちと一緒に森の浅い場所で狩りをしてきたであろう子供たちは、思い思いに獲物であるウサギな魔物や食べられそうな果実なんかを持ち帰っている。自分たちの分は自分達で調達する流れが出来上がっているんだよね。


「とーる、今日はラビのお友達はいなかったよー」


「そうなんだ? まあ……アレはたまたまだろうねえ」


 ラビというのはその名の通り、さっきまでジルちゃんとニーナが餌やりをしていたウサギのことである。ウサギといってもフェアラビットというれっきとした魔物の1種なんだが……たまに飼ってる家を見かける。ふわふわとしてもこもこで、女の子が好きそうな姿が特徴である。


 そんなフェアラビットであるが、草食であるがゆえにやはり襲われる。餌をあげていたラビも、みんなが森に出かけた時に子供だけが巣で震えていたのを見つけたのだ。親が離れるとは思えず、きっと他の魔物にやられてしまったんだと思う。さすがにそんな子供を食べたりするのは嫌だったようで、連れ帰ってきて飼っているというわけだ。


 家にぞろぞろと入っていくみんなを見送りつつ、ウサギ小屋の前で立ち止まるフローラ。一緒に覗き込むとラビが小屋の中で大人しくしているのが見える。


「やっぱり可愛いなあ……ねえ、とーる。もっと増やそう?」


「場所が大変だと思うよ? ウサギは穴を掘るしね」


 今は一羽だから小さな小屋みたいなもので大丈夫だけど、増やすとなればしっかりとした場所を作らないといけないだろう。管理だって大変だ。それに、考えたくはないけど美味しいから夜に誰かが持って行ってしまうかもしれない。


「あ、そういえば。大きくなったらこっそりと晩御飯に、これがラビだよって出したら教育になるかな?」


「さすがにやめようよ……たぶん、みんな泣いちゃうよ?」


 フローラにツッコミを入れられるという貴重な経験を得つつ、みんなの待つ家に2人して戻った。今日もみんな仲良くご飯である。


 アーモに戻ってきて数日、少し前までの野外生活を忘れるかのように、俺たちは子供達と過ごしていた。ナルちゃんたちも仲間が増えたように感じるのか、分け隔てなく俺たちに接してくれる。俺は唯一の大人として、交渉事などに顔を出すようなことはしているけど、基本的にはのんびりとした時間だ。


 もちろん、遊んでいたわけではない。精霊の結晶造りを試すのによさそうな場所を探しているのだけど、確証が得られない場所ばかりだった。もっとも、これまでにやったことがないことをやろうというんだからそういうものだろうと思う。


「やっぱり火山かしらねえ? あんまりやると噴火が怖いのだけど」


「海や湖という手もありますわね。このあたりは強風が吹く場所はなさそうですけども」


「山の中ならニーナがどこでもいいんじゃない?」


 あれこれと夕食後に話しているけど、結論はなかなかでない。というか実際に行かないとわかんないしね。いくつかピックアップは出来たので、明日にも出かけてみることにした。もう子供達も寝てるだろう時間だ。


「ご主人様、入れて?」


「え? ああ……そういえば最近入れてなかったかな?」


 誤解を招くことこの上ない台詞と共に、無造作にたくし上げられるジルちゃんの服。恥ずかしくないのかなと少し前に聞いたとき、俺だったらいい、って言われた。ちょっと恥ずかしいけど、俺にだったら見てほしい、なんて加えられたら喜ぶ以外にないよね?


「じゃあ順番にね」


 慣れた物で、他の4人は思い思いに寝床に座って時間を待っている。ラピスは最近編み物を始めたようだ。ニーナも巻き込んで色々とやっているみたい。少し視線を感じながら、横になったジルちゃんのお腹を見る。


 灯りに照らされたお腹はいつものように染み一つなく、俺の色々を攻撃してくる。呼吸の度に少し動くのも余計に魅力を足してくる。ふと、最近はそんなお腹というか体全体に変化があったような気がした。 前は……そう、前はなんだかんだとまだ人形の様というか、造り物のような美しさがあった記憶がある。彫刻のような、と言えば良いかな? それが今はどうだろうか?


 わかりやすく言うと、今は……肉体を感じる。うっすらと赤みがかっているような気がする肌は、造り物ではなく女の子に、なってるんだと思わせた。自然と、その姿をじっと見つめてしまう俺がいた。


「どうしたの?」


「あ、なんでもないよ。始めるよ」


 そっと入れようと触ると、思ったより反応があった。びくんと跳ねる体、思わずジルちゃんの顔を見ると、何故だかいつもより赤かった。何かを我慢してるような、そんな表情。


「えっとね、なんだかいつもより温かいなって。ご主人様のゆびが温かかったの」


「ジルちゃん……」


「いい傾向じゃない? ちゃんと、変われてるのよ」


 ルビーの言うように、俺たちにとっては悪い事ではないと思った。もしかしたら……ここまでマナの飽和の影響がもしかしたら出てるのかもしれない可能性を考えると気を付けないといけないけれども。


「ちょっと我慢してね」


 だからと言って石英の投入を止めるわけにもいかない。外に漏れないようにか、口元に手を持って行って声を我慢するジルちゃん。このままなし崩し的に夜の交流に入ってしまうのか?なんて考えながら投入を続けた。


 部屋に響く声。なんとなく、他の四人も物欲しそうにこちらを見ているような気がする。こうなるだろうとわかってはいたけど、1人1人外に出て投入ってわけにもいかないからなあ……。


「誰っ!?」


「あっ。ご、ごめんなさい。声がするからお話してから寝ようかなって」


 そんな時、物音がしたと思ったらルビーの叫び。それに応えるように顔を出してきたのは……ナルちゃん。顔が赤いから、もしかしなくても……聞かれてた?


「ナルちゃん、これはね」


 どう言おうかと考えるけれど、よく考えなくても半裸のジルちゃんを押し倒した状態でお腹に手をやっている。しかもアレな声付き。どうみても行為中です、間違いない。


「大丈夫です。ちょっと驚いただけです。お姉さんたちが伝説の貴石人ってしらなくてっ」


 突然の告白が、その後の世界を動かすとは誰が予想しただろうか? 今は、少女の告白にみんなして彼女のほうを見るのだった。

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