JD-290.「一度持った力は手放しにくい」



「この子も外に置いておけば半日立たずに消えてしまうと思いますよ。このあたりのマナは……正直、異常です。世界から魔物を通して人間がマナを石英や貴石として獲得し、営みの中で自然にマナを返す。そんな回り方が出来なくなった今、危機は目の前にあるんじゃないですか? 現に、今も護衛はほとんど貴石術を使えないはずです」


 俺の指摘に、ぎろりと音がしそうな動きで王様は護衛であろう兵士達を見る。どうやら詳細な報告は上がっていないようだった。状況を分かった上で、しっかりと訓練をしておけば使えなくはないと思う。現にジルちゃんたちは最初は威力に戸惑っていたけれど、今なら大体問題なく使用できる状態だ。


 言いにくそうな兵士の中の1人、前にも王様の護衛を1人で行っていた騎士が王に何やらごにょごにょとつぶやくと、王様の顔色が何度も変わっていく。恐らくは、事実であり問題になっているということを伝えているんだろう。状況が不明、そのうえでこのあたりだと貴石術が必要がないということも加わり、今日まで遅れたということが……漏れ聞こえてくる。


(こんなところにもちょっとずつ人間じゃなくなってる影響が出てるのかな?)


 実のところ、今の俺は内緒話を聞くような術は使っていない。ほんの少し、人より色々と能力が向上している状態と言えるぐらいだった。ちょっと力が強く、ちょっと足が速く……ってね。それを説明するとまた色々とややこしいのでここは黙っておくことにする。


「それだけの知見、どこで手に入れたのか……羨ましいことだ」


「出会いと、運命に恵まれた物で……貴石からマナを取り出すこと自体は今でも行われているはず。問題は使いつぶすような使い方なんですよ。命を無駄に使うことはない、俺はそう思いますよ」


 不敬な、という言葉は出てこなかった。王様自身が、興味深いという表情で何度も頷いているからだろうか? あるいはここに貴族のような存在がいれば別だろうけど、ここにいる偉い人は王様ぐらいなものだ。よくよく考えたらどうして王様自身が来てるんだろうか? フットワーク軽すぎである。


 この世界にいくつ人間の国があるかはわからないけれど、スーテッジが小国ということは恐らくないと思う。逆に、スーテッジが貴石砲らで貴石を使いつぶすことを止めたとしても、同じような技術を他の国が開発しないとも限らない。王様や周囲が未完成なのに使い始めたのにはそのあたりが理由になるんだと思う。


「戦争への歩みは止められませんか」


「であろうな。人は暑さが過ぎれば夏を懐かしむ生き物だ。今の平和が、どれだけの暑さの犠牲があったとも考えずにな。だからこそ、人の手には力が必要なのだ。かつての悲劇を繰り返し、魔物に生活圏を奪われるようなことがあってはならない」


 王様の言いたいこともわからないことはない。要は……不安なのである。かもしれない、がどんどんと刃を磨かせていくのだ。これは大きな話に限らず、身近なところでも起きていることと同じこと。


 それでも、とりかえしのつくうちにどうにかしないといけない。今はまだ貴石術に苦労するぐらいで実害はある意味少ない。けれど貴石が産まれなくなった時……それはマナの飽和を意味する。その飽和が向かう先は……魔物だ。


「既に森の奥では魔物が妙な増殖をしているみたいです。もしこれが国全体で発生したら……とてもあれらでは足りないと思いますよ。少なくともあれらを扱う兵士全員が守り切るのと、少しでも貴石術士を含めた冒険者に戻ってきてもらって守るのとでは……どっちが難しいかは俺がいうまでもないでしょう」


 大事なのは自然を信じること。マナは、精霊は人のそばにずっといる。そう付け加えて答えを待った。目を閉じ、沈黙していた王様が次に目を開いたとき、そこにあったのは狂気ではなく、理性の光だった。そのことに内心安堵し、言葉を待つ。


「あれらはあくまで人の補助、肉体的にもろいことが多い貴石術士の支援が出来るような物を目指す……こうすべきか、ミルレ、後は任せる」


「ははっ」


 俺が知らないだけで、王様の元にも魔物の増殖の話は来てるのかもしれない。街のそばは減っても、奥に行くと大量にいるというアンバランスさ。決して無視できないことだからね。


 また話をしようとだけ言われ、俺はその場から去る事を許された。





「たっだいまー」


「お帰りなさいませ。お疲れですわね?」


 さすがにね、と最初に出会ったラピスに肩をすくめて答える。そうしてるうちに他の4人も集まって来た。ルビーも顔には心配が貼りついているあたり、皆には心配させちゃったかな?

 そう感じて、笑顔を頑張って浮かべてみるけれど、上手くいっただろうか?


「? ご主人様、我慢はだめだよ。疲れた時はつかれたーっていうといいんだって」


「とーるを癒すなら簡単だよー! ボクたちで……ねっ」


 何がねっだというのか。すいません、すごく気になります。でもたぶん、この宿だと大変なことになるので他のことでお願いします、はい。っと、そういうことじゃなくてだ。

 ざっくりとだけど、王様を説得できたこと、同じようなことはこの国じゃ起きないんじゃないかということを伝えると、みんな喜んでくれた。もう砕けてしまった子たちは戻ってこれないかもしれないけれど、まだ間に合う、そのはずだった。


「まずは一杯あふれてるマナを戻さないといけないのです」


「そうよね……私達は貴石を作ることは難しいから……ジルがやったみたいに込めるか……ああ、そうね。精霊の宿る結晶が出来る場所にいってその手伝いをしたらどうかしら?」


 2人の提案に、みんなして考え込む。残念なことに、このあたりは開拓が終わっているからか、結晶体が出来上がるような自然とマナに満ちた場所というのがほとんどないのだ。奥地に行くようなことをしないと……それを探すところからかな?


 そうこうしているうちにミルレさんも帰って来たのを感じ、顔を出すとなんだかやる気に満ちた表情に戻っていた。再会した時の疲れた表情とはまさに別人だ。


「やあ。ひとまずの対策として、各地の研究所では漂っているマナを貴石に注ぎ込む研究をすることになったよ。前は無理だったけど、今なら出来るかもしれない。キミの持ってきてくれたジルコニアを見るに、既存の石に込めることは出来そうだからね」


「俺たちは自然の方からどうにか出来ないかまた探してみますよ」


「普段なら、ただの冒険者と子供たちが大きなことを言う……そう思うところだけど、不思議とキミたちならやってしまいそうな気がする……何かあれば訪ねて来てくれていいよ」


 そういって笑うミルレさんにつられ、俺たちも笑みを浮かべる。と言っても、彼も俺たちも一度はアーモに戻るだろうから会おうと思えばすぐ会えると思うんだよね。


 まだマナの飽和の影響を受けていないアーモで、色々と探そうと思うのだ。一番可能性があるのは……こっちに飛び出てきた時の火山かな、と思う。危険性を考えると他の場所がいいんだけどなかなかね。


 難しいことは後から考える。そんな前向きなのか後ろ向きなのかわからない考えの元、俺たちはアーモの街へ……ナルちゃんらの元へと一度戻るのだった。

 

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