JD-289.「対面」


 闘技場はまだ少しざわめきに包まれている。模擬戦の予定だった巨石兵が全て稼働不可能な状態になってしまい、退場していったのにかかわらずだ。まだ俺たちが闘技場の中に残っているからかもしれないな。さて、この後はどうするかという状況だった。


「帰っちゃ駄目かな?」


「さあ? こういう場合、お褒めの言葉とかあるんじゃないかしら?」


 王様がここにいるんだっけか?と思いながら見知った気配に振り向くと、ミルレさんが走ってきていた。息も整わないうちに誘われ、そちらについて行く。ついでに残っている観客にみんなして手を振ってアピールもしておこう。これで色々と印象づいたはずだ……貴石術は大事な物だと。


 まともに汗もかいていないということにミルレさんや他のスタッフみたいな人達は驚いているようだった。実際、ほとんど戦ってないのと同じなんだよなあ……それぞれ一発わざとらしく大げさにかましたぐらいだからね。


「まったく、予想以上だったよ」


「あのぐらいの方がいいでしょう?」


 通されたのは20人ぐらいは集まれそうな少し広い部屋。控室とは違うような気がする。ミルレさんについてきていた護衛らしい兵士から飲み物を渡され、なんだか一息ついたという気分になる。それはジルちゃんたちも同じようで、戦いの時の顔からいつもの女の子らしい顔に戻ったような気がした。


「戦いの結果はすぐに知らせるようにと言われている。三日もすれば、答えが出ると思うよ。これだけの結果が出るなら、王も説得しやすいと思う。少なくとも今のままの運用はまずい、と」


「あのね、みんなが悲しいのは嫌なの」


 小さく、可愛らしいジルちゃんの声。けれどもそれは、俺たちの心の何かを確実に刺激したと思う。短い言葉に、色々と籠っているのを感じたのだ。それはミルレさんたちも同じだと思いたい。適当に宿で過ごしていてほしいと言われ、彼を見送って数日が経過した。


 主要な街であれば大体どこにでもあるらしい、偉い人が立ち寄った時用の建物。そんな緊張しそうな場所に俺はその日、一人でいた。ジルちゃんたちはお留守番だ。いざとなったら俺だけの方が脱出しても問題は少ないかなと思ったのだ。さすがに見た目少女に色々と突破されたら面子ってもんがね、うん。


(今のところそんな脱出をする予定はないんだけどね)


 あくまで予定は予定であるけれど、確率はゼロにはならないなあと……セッティングされた食事会にそんなことを思う俺。そう、いつだったかあった長机を挟んでの食事会だ。俺の前には当然、何らかの立場を持った相手が来るであろうことは想像できる。でもミルレさんは俺の側にいる。ということはだ……。


「待たせたな。兵の様子を見て来たのだ」


 部屋に入ってきた相手に、立ち上がって一応礼をしようとするが手で制された。自分の部下ではないのだから最低限で良い、そう言われてしまえば頭は下げて座るしかない。堂に入った動きで相手……スーテッジ王は半ば予想通りに俺の前の席に座った。そこだけ椅子が豪華だったもんね、そりゃそうだよな。


 目の前に座った王様は……少し変わったように思える。人の上に立っている人間として、威厳はあるようだけど……どこか抜身の刃のような、触ったら切れて痛そうな印象を受ける。前はこんな感じでは……いや、近い雰囲気をまとった時がある。この目、この気配、それは……。


「まずは食事を。話はその後で聞こう」


 そうして始まった食事会だけど、料理は非常においしい物だった。金がかかってるなあとよくわかるものでもあったけれど……。食事中にはあまり話さないタイプなのか、そのまま食事は進み……デザートまで終わって食後のお茶の時間になってようやく本題が始まった。


「あれらが圧倒されたと聞いて、最初はまさかと耳を疑った」


─配下の方々をお疑いですか?


 そう口にするところだった。そういう話ではないというのにね。わずかに考える仕草を見せて王様はずずっと俺のほうに身を乗り出してきた。その姿は知らないことの答えを聞きたがる子供のようにも見える。


「強かったか?」


「苦労したかで言えば、まったく。あれならあちこちにいる冒険者に鍛錬を依頼した方がマシでしたね」


 だから俺は、正直に答えた。俺やみんなが冒険者と祈祷術士の代表のように言ってしまっていいかという疑問は残るけれど、少なくとも俺たちはそちら側に間違いない。意見の1つとしては確かだろう。そのうえで言えば、中の人間を傷つけないように倒すのが大変だった。


「なんと……」


 王のつぶやきと共に、部屋にいた兵士の中に動揺が走る。王側の兵士は、俺の発した言葉が大胆過ぎたからだろうか? こちら側にいる何名かは、そこまで言っちゃうの?って感じだな。


「それほどか」


「完成したらわかりませんけど……少なくとも今の未完成な状態では精々オークが限界でしょう」


 実際には貴石をもっと投入したり、中の人が無理をすればもう少しいい感じに動けるかもしれない。でもそれは現実的ではない。だからこそ、評価に直結するというのにあれぐらいしか動けなかったのだから。思い出されるのは、無理をしないようにと思ってか思ったより動けていない巨石兵たちだ。


「だがこれは世界を変えると言われ、私もそれを信じている」


 俺の横に座った状態のミルレさんが可愛そうなほどに動揺するのがわかる。王様直々に睨まれては仕方ないかもしれない。だから俺は助け舟を出すべくさらに口を開くことにした。ここにいないみんなの言葉を借りながらではあるけれど、説得をしないとね。


「少なくとも、今のままだと苦労のわりに結果は伴わないかと。完成をさせてからでないとね。それに、大事なのは世界との協調だと思いますよ」


「世界と? それは、他国と協力せよということか?」


 ぐぐっと、王様からの圧迫が強くなった気がする。確かに1国の王に向かって、他と協力しないとだめだよなんて提案としては無理筋だ。平和的とは言えない隣国状況ならなおさら、ね。それは直接仲が悪いとか戦争状態だとかは関係なく、普段の交流が物を言う。


「いえ、そうではありません、使っている貴石と……搭乗者の生命。今の貴石砲、巨石兵では効率はともかく、後々の問題が多すぎます。あれでは世界が味方しない。マナの飽和と貴石術というわかりやすい形で教えてくれている世界がね」


「世界……マナ……貴石術。よもや、精霊が本当にいると言い出すのではあるまいな?」


 王様自身は精霊を見たことがないのか、俺の言葉を信じきれていないようだ。そりゃそうだ……俺だっていきなりこんなことを言われたら信じにくい。だから俺は、収納袋からそれを取り出して……周囲にちょっとした貴石術をかけた。少しだけ、世界の見え方が変わるようにとマナを見れるようになる貴石術だ。


「いきなりの貴石術行使は大目に見てください。ほら」


「これは……動いた!?」


 机の上に置き、王様と周囲の人間にも見えるようにして見せた物。それは買い集めたジルコニアにジルちゃんがひたすらマナを注ぎ、疑似的に精霊の住みそうな結晶にしたものだ。結晶体はマナの塊、だからこうして作ることも出来る理屈だった。白い結晶の中から無表情に抜け出てくるナニカ。それは間違いなく……精霊の1種だった。


「今のままでは、精霊がこの土地からいなくなり、最終的には魔物に負けるでしょう」


 精霊という衝撃が王様たちの中に走るのを確認した後、俺は説得を始める。


 

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