JD-288.「無双する少女たち」


「巨石兵の勝利!」


 闘技場に決着の声が響く。若干やけくそ気味なのは、普段は人間同士の戦いでナレーションでもしてるだろうからだろうか。視線の先には怪我をしているが、命は無事らしい何人かの男達。どの顔にも悔しさがにじんでいる。


「パワーは結構あるのです。でもそこまで大きくなかったです?」


「いやー、十分じゃないの? 逆にあの速さだと大きすぎても微妙でしょ」


 俺たちの視線の先には、戦いの後のメンテナンスでもしているのか背中の部分が開いている巨人……巨石兵。ただし大きさは5から8メートルほど……一部はもうちょいあるかな? やはり事前の噂は噂でしかなかったようだ。というかミルレさんもそこまで大きいとは言ってなかったもんな。


 結局のところ、巨人とは自律式に動くゴーレムの類ではなく、中に人が乗り込むタイプのロボのようなものだった。技術的にはゴーレムを流用してるとは思うんだけどね。その動力源が貴石というわけだ。じっと黙ったままのジルちゃん、フローラ、ラピスが静かなのが逆に怖いぐらいに俺にも声が聞こえてくる。


 砕かれ、力を失った精霊であろう子達の声なき声が。


 あるいはそれは、巨人の背景を知っているからこその幻聴だったのかもしれない。けれど、早くあれを止めさせたいと思う。だというのに、俺たちの順番はもう少し後だ。その間にも何体かいるらしい巨石兵は交代で腕自慢たちと相手をし、その多くと善戦していた。大体2割勝ち、3割負け、残りは時間切れといったところか。それでも相手をしているこちら側が疲労したり怪我をしているのに比べ、巨石兵側は中の人や巨石兵そのものが交代するだけで済んでいるのだからバランス的には微妙なところ。


人間側は急所になる部分を狙えず、巨石兵側も全力が出しきれないという微妙な戦いだからだろうか?

それでとでかさからくる攻撃は見た目にもインパクトがあるのは確かである。


「なあ、本当にあんたらもやるのか? 兄ちゃんはともかくよう」


「大丈夫ですわ。私達……強いので」


 親切に声をかけて来てくれた青年にニコリとほほ笑んだラピス。でもその顔は笑っていない。俺も手加減する予定はない。そして……出番がやって来た。





「続いての相手は飛び込みの冒険者だー! って、ええ?」


「続けてくれ」


 さすがにジルちゃんたちが若すぎると思ったのか、驚く闘技場のスタッフに声と共に頷き返す。観客も明らかに動揺している。これまでは見た目からしてちゃんと戦える人間、だったのに急に駆け出しの冒険者でももう少し年上だろう?と思うような少女ばかりが出てきたのだ、無理もない。


「遊びではないのだぞ?」


「魔物の前に大人も子供もないでしょう。なあ、みんな」


 相手をする兵士もさすがにと思ったのか声をかけてくれたけれど、俺はそれを気にしないような声でジルちゃんたちに問いかけ……5人ともびしっとポーズを決めて返してくれた。その姿にざわついていた観客たちも盛り上がったのか歓声が上がる。


「いいのかな……始めっ!」


 戦いが始まったというのに、これまでと違って巨石兵は動かない。こちらを甘く見ているのか、そもそもまともに戦うつもりがないのか。それは正直、困る。相手には本気で相手をしてもらいつつ、あっさりと負けてもらわないといけないのだ。


 だから俺は……敢えてわかりやすく聖剣にマナを使った光をまとわせ、貴石術ですよーとアピールしながら走った。突然の俺の行動に慌てているのか巨石兵の動きは鈍い。元々俊敏に動いていたとは言いにくいけれど、まごついてる間に俺は足元に風を産んで飛び上がると……ここはわかりやすく、炎で剣を包み……人のいない部分を選んで一気に切り裂いた。そのまま立っていられずに倒れる巨石兵を敢えて冷めた瞳で見る。


「なんとぉおお!? いきなりの一撃だあ!」


 金属が焼かれ、溶ける匂い。わざと風を少し産んで観客席にまで届けてやると、ようやく周囲も起きたことを実感し始め、最初とはまるで違うざわめきが産まれていく。俺はそれに満足し、こちらを信じられないというような目で見ている兵士に視線を向けた。


「次は? これで終わるのか?」


 わかりやすいほどの挑発。どこまで乗ってくれるかは心配だったが、それも杞憂だったようだ。見える範囲でも10体ほど待機している巨石兵とその周囲の兵士達がざわつき始める。そしてそのうちの1体が立ち上がり、こちらにやってきた。


 それを俺はわざと鼻で笑った。憎たらしいように見える表情も添えて、だ。


「結局は人の力。それがわからずに貴石をいたずらに消耗したって意味がないと思うけどな!」


 我慢できなかったのか、合図もないのにその1体が殴り掛かって来たのを止めたのは俺ではない。硬い者同士がぶつかる音。その正体は……岩壁。


「トール様は自分がやらせないのです!」


 観客も兵士達も驚いたことだろう。自分たちの子供ぐらいの大きさの少女が、見上げるほどの巨人の攻撃をそのまま受け止めたのだから。岩壁にはヒビ1つ入っていない。そのことが一番わかっているのは殴り掛かって来た巨石兵のパイロットだろう。


 さらに殴り掛かって来た相手に、カウンター気味にいくつもの岩で出来た杭が襲い掛かった。先ほどまでなかった岩の杭。つまりそれは貴石術による物となる。そのことがさらに観客をヒートアップさせていく。


 よくわからない物より、馴染のある貴石術のほうが強いのだと。


「まどろっこしい! まとめてかかって来いよ! 魔物は丁寧に決まりなんか守らないぞ!」


 俺の叫びは言い換えれば、負けたり苦戦した冒険者だとかもこんなルールだから負けただけ、と行っているのと同じだ。本当ならもっと戦えたと。その事が伝わったのか、歓声に観客だけでなく、闘技場に残っていた冒険者たちも混じる。


 それは一見すると異様な光景だったと思う。歓声を受けるのは、俺を除けばまさに少女と幼女。とても戦うような相手には見えないのだ。だというのに……場を支配しているのはこちら側だ。


「まさかまさかの戦いだ! 果たして巨石兵側は……え、本当に? 死人だけはやめてくださいよぉ!?」


 冷静に考えれば、この構図で兵士を止めないというのはよほどの状況だ。だって、巨人相手にこちらは子供だらけなんだもんな。それでも戦いが進むのは……俺以外の5人のまとう気配が普通ではないと誰もが感じたからなんだろう。見た目は子供でも……戦う者のそれだと。




「寒さに震えて反省なさいな!」


 1体はラピスの生み出す極寒の吹雪の中に凍った。壁のない冷凍庫に放り込まれ、そのまま凍えるような中で兵士はギブアップをした。一人では出られず、すぐに治療に連れていかれる。防寒の対策が必要だと訴えることが出来た。


「雷は中まで響くから……風だ!」


 ちゃんと手加減したフローラの風により、巨石兵の足へと突風が吹く。一部にだけ吹く突風という自然にはあり得ない物に姿勢を崩し、あらぬ方向に倒れ込んだ巨石兵はそのまま壊れて沈黙した。バランスが悪いとわかった。


「さっきもあいつがやったけど……すぐに逃げなさいよ!」


 なんだかんだと優しく事前に警告し、ルビーの手から産まれる炎の槍は巨石兵の四肢と頭を貫き、溶かし尽くした。途中でその熱さに慌てて逃げだしたので中の人は無事。特定の魔物相手には弱いことがすごくわかる結果となる。


「自分を倒すには、力が足りないのです。さらに勢いが足りないのです。もっと言えば、色々足りないのです!」


 続けてのニーナを巨石兵は倒せない。振るう拳は止められ、逆にはじき返されて装甲がへこむ。他の貴石術士の参考になるようにと思ったのか、中距離から生み出した丸太ほどの岩が胴体にぶつかり、中の人が気絶することで終わった。


「ええい、あの男を先に!」


 立て続けに戦闘不能にさせられたことで焦りが産まれたのか、残っていた巨石兵がまとめて俺の方を向いた。さすがにこの数はちょっと大変かな……そう思った時、俺の前にすべり込んだジルちゃんは光に包まれた。


「それは……駄目。あと、貴石は大事にしなきゃ……だめだよ」


 優しい言葉の忠告。同時にジルちゃんは足元にいくつかの透明な石を転がした。それはジルコニア。ジルちゃんが力を込めたのか、俺から見ても力を感じる特別な物だ。それらをどうするのかと思っていると、迫る巨石兵に向け、両手を突き出したままジルちゃんの体からマナがあふれた。


「いくよ。みんな」


 どこかの人類の革新たちのような効果音が似合う光景が広がった。具体的には、ジルコニアから光の球が無数に飛び出したのだ。姿は人型じゃないけれど、多分精霊。触れられないはずのそれは巨石兵にどんどんとぶつかり、その動きを阻害した。


「これで、おわり」


 そしてジルちゃんは、その隙にと巨石兵に襲い掛かる。混乱の中振るわれる腕をかいくぐり、手にした短い剣であちこちを刻み、ダメージを蓄積させていく。そして最後には関節部位を切り裂いて終わり、だ。小回りが効かないということをこれ以上なく示して見せた。


 そして、兵士達は気が付いた。俺たちが、殺さないように手加減し、攻撃する場所も気を付けているのに、巨石兵はまともに当たれば言うまでもなく死ぬような攻撃しかできないことに。そしてそれすらも防がれているということに。


「まだやっとく?」


 ちょっと運動しました、そんな口調で告げた俺の言葉が、戦いの終わりとなった……やりすぎたかな?

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