JD-287.「賑わいの街」


「ご主人様、ちょうちょがたくさん飛んでるよ」


「このあたりはのどかなもんだねえ……」


 どこか気の抜けたのんびりとした声。いつもならば、危険に備えるところなのだけど……その危険の可能性はかなり低くなっている状況だった。アーモから旅立ち、さらにノストンを超えた先に目的地はあった。ちなみにすぐに戻ってくるつもりでナルちゃんらとはあっさり目の別れの挨拶にした。


「軽く吹っ飛ばして、さっさと帰りましょ」


「それで済めばいいんですけど……難しいところですわね」


 ラピスの心配するように、実際のところはどうやったら説得できるか、という点では何とも言えない。そもそも説得できるのか?って話なんだよな。危険を前に、その手段は別の意味で危険だから使うのはやめよう、と言われてわかりましたと言えるような人はなかなかいない。電気だって、環境に良くないということはわかっていても発電手段は切り替わらないのだから。


「よくわかんないけどさー、巨人のほうが損だって思わせればいいんでしょー?」


「どかんとやってがつんと倒せばきっと解決なのです!」


 どこか陽気な2人の声に、そう思っておくしかないかなと頷いて前を向いた。この馬車には俺たちしか乗っていない。だから今の話を他の人に聞かれることもまずないわけだ。ちなみに御者はミルレさんの後ろにいた兵士の1人だ。研究どころじゃないからと一緒についてきてるそうで、考えは同じとのこと。


 結果としてはミルレさんが人口貴石の研究を進めなければ今の状況はまだ起きていなかった……と言えるのかもしれないけど技術ってどこかで誰かが開発するもんだと何かで読んだ気がするな。仮にミルレさんがやってなくても、いつか起きることと言えるのかもしれない。


「マスター、あちらを」


「街……なんだかお祭りみたいだな」


 見えて来た町並み。ここからでもなんだか騒がしいのが見て取れ、街道を行き来する馬車の数も多いように見える。魔物の脅威が少ないというのはこういった状況をあちこちで作り出すんだろうか? ふと、そんな中に武具を着こんだ冒険者や、一緒にいる恐らくは貴石術士であろう人たちが目立つことに気が付いた。


「ミルレ所長が今回、思ったより早く話を進められたのは……もう王国側でも似たような話が出ていたからなんです。本当に巨人は術士や冒険者をそろえるより戦力になるのかと」


「ってことはあの人たちは皆……」


 仕事に忠実に寡黙だった兵士の話すところによると、もうすぐ到着の街では武道会のようなものが行われ、元々腕を競い合う場所なのだとか。そこに……巨人が参戦するらしい。対魔物の兵器だというのに、対人に乱入させようというのはその時点でどうもおかしい。

 そう思っていたが、よくよく考えてみれば冒険者や貴石術士というのは一般人からはかけ離れた存在だ。駆け出しはともかく、熟練となればそれはもう、一人軍隊のような物だろう。


 そうこうしているうちに街につき、案内されるままに俺たちは歩く。途中、あちこちから視線を感じた。まあ、当然と言えば当然だよな。このあたりは冒険者とかが集まってきている場所だ。俺はともかく、ジルちゃんたちみたいな子はほとんどない。むしろ全くいない、ではないことに驚くべきだろうか?


「ご主人様、おっきくなる?」


「巨人を見て見ないと何とも言えないけど……このままで勝てる方がより良いような気がするね」


 ジルちゃんなりに万全を、と思ってのことだと思うけどみんな小さいままでのほうがインパクトはあると思う。こんな子供に負けるようじゃ意味がないと破棄されるのか、改良をとなるかはわからないけれど、どちらにしても現状からは変わることが出来ると思うんだよね。


 と、街並の向かう先に見えてきたのは建物というよりは……球場のような物。たぶん闘技場ってやつなのかな? 手前にも露店とか多いからね。今歩いているメインの通りでもお祭り騒ぎを楽しんでる普通の人も結構いるけど、参加者であろう人もいる。さて……。


「あ、とーる。あのお店寄ろうよ」


「宝石店です? でもなんだか閉店がらがらって感じなのです」


 道すがら、賑わってる他の店や露店とは対照的に建物はちゃんとしてるけどお客のいない建物がフローラの指さす先にあった。看板を見る限りはニーナの言うように宝石店のようだけど……なんだろう。ついてきていた兵士は、時間はありますのでどうぞご自由にと来たもんだ。


「いらっしゃい。見るもんはもうないけどね」


 中に入ってやってきたのはやる気がないというよりは、接客する必要がないと言わんばかりの店主であろう人。それでも声をかけてくるあたりはちゃんとしてるのかな? だって……商品がほとんどないんだからね。

 売り切れる前は結構品ぞろえがよさそうな感じを受けるんだけど……。


「旅の人かい? この店のは国がみーんな買い上げちまってね。仕入れをしようにも国が同じように買ってるから高い方に売るのは当然だってことでなかなか入ってこないんだよねえ」


「そんなことが……」


 どうやら相当力を入れて貴石の類を買い込んでいるらしい。人口貴石の研究にも貴石そのものは結構使ったらしいから、仕方ないのかもしれない。でも、これじゃあ寄った意味がないかなあ……。

 そう思いながらも一応見ていくと、唯一在庫がたくさんあるのは……ジルコニアだった。


「うう、残ってる……しょんぼり」


「珍しいね。ジルコニアが好きなの? それは国も買ってくれないんだよね。そりゃあ、色々やってると出来てくる奴だけどさ。なんだっけな……そうそう、吸い出せるマナが少ないからだって言ってたかな」


 店主の言葉に、さらに落ち込む様子を見せるジルちゃん。俺から見る限りはそうでもないような気がするんだけど……巨人や貴石砲の仕組みからはそう言う扱いなのかもしれない。

 ジルちゃんを慰めようとしたところで、珍しくきりっとした表情になったジルちゃんは、いつも買い出し用に持っている財布からカウンターにじゃらじゃらとお金をばらまき始めた。


「ちょっと、お嬢ちゃん?」


「お姉さん、これで買えるだけください」


 びしっと指さすのは……ジルコニアの山。これまでの相場的には十分買えると思うけど……うん。俺たちは口を挟めず、困惑のままにジルコニアの山を買い込み、おまけにと残っていた在庫の屑石たちをもらうことが出来た。


 店から出てもジルちゃんはなんだか怒った感じで少し早歩き。店がないからかベンチはあっても人気のない場所に走り寄ると、座って足の上に買い込んだばかりのジルコニアを広げ始めるのだった。


「ジル、それどうするのよ?」


「力を込めて、使う。巨人さんをどかーんってする」


「なるほど……見向きもしなかった貴石の方が実は価値がある……面白い手かもしれませんわね」


 妙に納得した様子で、ルビーやラピス、ニーナとフローラまでも自分が扱えそうな屑石を取り出してその場に座り込むとマナを注ぎ始める。収納袋の中にはひとまず放り込んでおいた宝石や貴石の類が他にもあるので、ついでとばかりに取り出した。


「ちゃんと貴石術士がいれば無理に貴石を砕くことはない……そう思わせるわけね」


「うん。仲良くなってお願いした方がいいって知ってもらうの」


 ジルちゃんの笑顔の秘密と結果は、巨人との戦いが始まってすぐにわかることになる。


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