JD-286.「つかの間の平穏」


 俺たちが最初にこの世界に降り立った国、スーテッジ。その王都で開発・運用されているという貴石を動力に使った巨人の存在を知った俺達。開発者でもあるミルレさんはその未完成具合と、本末転倒な運用方法に危機感を覚え、俺たちにその破壊と……可能であれば説得を依頼して来た。


 ではさっそく……と行きたいところだが。


「いきなり行ってどかーんってやっても駄目だからってことです?」


「そうよ。なんでも模擬戦をするんですって。貴石術士を育成した方がお得って思わせたいそうよ」


 ある日の夜。子供たちはとっくに寝た時間に俺たちは部屋に集まり、ミルレさんとの話で盛り上がっていた。そう、依頼では例の巨人を倒してほしいということであったが、それは王都を襲撃して来いっていうことではなかった。実際そうしろって言われても困るんだけどさ。


「それまで、みんなといっしょ?」


「うん。せっかくだし迎えが来るまではここで色々やろうか」


 期待に満ちた顔をしているジルちゃんにそう言われては、断るという選択肢は元々無い。幸いにも、王都との交渉がミルレさんが直々にやるらしい。そのためにあちこちを調べてたみたいなんだよね。貴石砲、そして巨人の運用がどうもよくない結果になってるから研究の方向性を変えたいって感じでね。


(上手くいくといいんだけどなあ……さすがに王都を襲撃する謎のテロリスト!なんてのはやりたくないんだよな)


 実際問題として、仮にそういうことをしたとしてもあきらめるとは思えない。次が作られるだけだ……せめて貴石の力を引き出すにしても、ちゃんと世界をめぐる仕組みの物に出来ればいいんだけど。そうなると生身の人間が貴石術を使うのが一番ってなるのが難しいところだ。


「とーるがまた難しい顔をしてるー。駄目だよー、考える時は考える。そうじゃないときは忘れようよー」


「そうですわね。マスターは……私達の方を今は見ていただかないと……」


 ちょっと内緒の話があるということで今日はナルちゃんはこの部屋にはいない。ラピスの言葉とその事実に気が付いたとき、壁際の灯りの光量が絶妙に弱まった。あれ?と思った時にはもう遅い。せめてもの救いは、しっかりとフローラが風の防音壁のようなものを作り出していたことだろうか?


 迫りくる5人を前に、俺は逃げる術を持たなかった。





「あれ? お兄さん大丈夫ですか?」


「う、うん……大丈夫」


 聞こえてしまっていないかと気にしながらというなかなか根性のいる夜だったと思うが嫌ではない。むしろ障害があったほうが燃えるって何を考えているんだ、俺は。慌てて首を振る俺にナルちゃんが驚いてしまっていた。


「今日はお仕事かい?」


「そうです。お屋敷のお掃除の依頼があるんですよ」


 その言葉を合図にしたわけではないだろうけど、そばの部屋から子供たちが飛び出してきた。みんな、そろいの服を着ている。みんな女の子で、メイド服というか、そんな印象を受ける衣装だ。子供の手では掃除にも限界があるだろうに、そのお屋敷の人はナルちゃんたちに依頼をいつも回してくれるのだとか。


「ジルも、お手伝いするよ」


「私も一応ついて行きますわ」


 いつの間に再現したのか、ジルちゃんとラピスが同じような服に着替えていた。ラピスは水が出せるし、ジルちゃんも器用だからね、問題はないと思う。それにしても……いいな、このデザイン。こう、要所要所が地球には無かったセンスを感じる。じっと見てしまっていたのか、ナルちゃんらには不思議な顔をされてしまった。


 朝も早いのにそうして依頼に出かけるみんなを見送り……残りの子達と俺、ルビー、ニーナ、フローラが残る。お留守番をするしかない小さい子は5人ほど。他の子達は今日は仕事も無い暇な状態だ。


「ねえ、トールがここにいてくれるなら適当にウサギでも狩ってこようと思うんだけど」


「いいね、ご飯は多い方がいいもんね」


 本音は、暇をしてる子供たちをどうにかしたいというところだと思う。ルビーと誰かがいればよっぽど大丈夫だろうと思う。前のウサギ狩りを思い出したのか、何人かがわくわくといった気持ちを隠しきれていないのが見える。あっという間に準備を終え、また何人かが建物から駆け出していく。


「寂しいかもしれないけど、我慢しようね」


 残ったのは小さな5人組。幼稚園児から小学校低学年ぐらいの子達だから外に行くことも出来ず、こうしてお留守番しかないわけだ。俺にはそういった資格があるわけでもないので上手く言えたかはわからない。けれど子供たちはそんな俺を逆に励ますように笑ってくれたのだ。


「トール様、遊ぶのです! 遊び倒すのです!」


「よーし、遊ぶぞ!」


「「「わーい!」」」


 この子達の仕事は、ちゃんと留守番をしていること。だったらそのお手伝いをしなくてはね。俺みたいな背丈の男が混じってるのはちょっとどうかと思わないでもないけれど、それはそれである。庭に出て追いかけっこをしたり、ニーナと一緒に貴石術を使って安全に泥遊びをしたり。最初はどうなるかと思ったけれど、意外にも時間は早く過ぎていく。


 ラピスがいないから水も一杯汲まないと汚した服も洗えないことに後から気が付いたけれど、そんな水汲みだってみんなでやれば遊びも同然だ。そのまま、みんなが返ってくるまではしゃぎっぱなしな俺たちであった。


「トール……アンタってそんなに子供だったっけ?」


「男には……そういう時もあるんだよ」


 帰って来たルビーには呆れられてしまったけれど、みんなが笑顔ならそれでいいかなと思う。俺たちが戦ってるのは、こういう笑顔を守るためでもあるんだから。依頼から帰って来たナルちゃんたちも一緒に、もうずっと一緒かのように食事、そしてまた夜が来る。


 何度もそうしてきたように、みんなして寝転がって天井をふと見上げる。一人だと天井が高すぎるな、とかちょっと広すぎるなって感じる部屋だけど……みんなと一緒なら、それも感じない。


「ご主人様、今日ね、今日ね」


「うんうん」


 ジルちゃんやみんなの報告を面白く聞くのもこの時間だ。そうしてるうちに、いつの間にかみんな眠くなってしまうのだ。時間にすると短いけれど、とても幸せな時間。川の字になって寝ているみんなの寝顔を見ると、色々な感情が胸に渦巻く。


(この先も……願わくばみんなと一緒に)


 果たして俺たちのこれからすることを考えると、その願いはささやかなのか、困難な道のりがセットになっているのか。答えの出ない問いかけを胸に、俺も眠る。


 そして翌日。ついに、ミルレさんからお誘いがやってくるのだった。巨人がどんなものか、その危険性をどこまでわかっているのか。問いかけの多い旅が始まった。



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