JD-285.「研究の果て」



「その子達に何かするつもりはない……と言っても怪しいよねえ、私達」


「状況が状況なので……」


 謎ばかりが残ったリザードマンとの戦い、そして黒い結晶体の破壊の後。アーモに戻った俺たちは、ナルちゃんたちの住む建物にやってきていたミルレさんたちと出会うのだった。完全武装とまではいかないけれど、しっかりと武装した兵士を5人引き連れての姿に、すっかり子供たちは怯えてしまっている。


「私一人で出歩けない事情ってのもあってね……ありがとう、お嬢さん。キミたちに影響が出ていないのならそれでいい。話はウチでしようか」


「ジルちゃん、フローラ、ニーナもここにいてもらっていい?」


「うん。行ってらっしゃい」


「お土産もあるしねー」


「何かあったらすぐに呼んでくださいなのです!」


 よっぽど大丈夫だろうけど、3人にはここを守ってもらおう。誰かがいたほうがナルちゃんたちも安心できるだろうしね。そんな様子を困った顔で見ているあたり……ミルレさんは状況を知りつつも、俺が思うような立場にはいないのかもしれないと感じた。


 戦力という面ではマリアージュを済ませた2人というほぼ最強の布陣で、俺はミルレさんについて行く。途中、街の様子は……こちらを興味深そうに見る人がいるものの、普段とあまり変わらないように見えた。




「まずはお茶でも。少し長くなるかもしれないからね……」


「……少し、痩せました?」


 いつか話をした部屋と同じ部屋に通された俺は、向かい合う相手のその違いに気が付いた。元気はないわけじゃないけれど、全体的に覇気が無くなっている気がする。だから痩せた、と感じたんだ。同じ部屋には先ほどの武装した兵士も一緒。けれど……こちらを敵視するような様子がなぜかない。


「民間人にあまり言うことでもないのだけどね。キミたちは無関係とはいえないか……色々あるのさ。さて、前に出会った時に見せた物を覚えているかい?」


「確か、エレクトと……あれが量産出来たんですの?」


 そう、以前ラピスがいる状態で見せてもらった人口貴石、その名前がエレクト。見事な模様の球体が収められ、大きさ的にはスーパーボールぐらい。小さな地球に金と銀で大陸や雲が描かれているかのような不思議な奴だったはずだ。


 作り出すには結構な品質の貴石が必要ということで、その時の俺としては本末転倒ではないか、と思ったのだ。結局は希少な高品質の貴石を使って作るのであれば代替品にはなりにくいのではないか、と。


「半分成功、半分失敗かな。ああ、あれを」


 壁際に立っていた兵士に何やら指示をするミルレさん。その兵士は迷うそぶりを見せていたけれど、念押しをされてどこかに歩いていく。そのままお茶を飲みながら待っていると何かの小箱を……って前にも見たようなパターンだ。


「一応ね、高品質の貴石に頼らず作ることには成功したんだよ。ただまあ、やはりそうなるとそれなり、でね」


「なんだかくすんでるわね」


「力は感じますが……大したことは……って、これ貴石砲の!」


 無造作に差し出された人口貴石らしき物。手のひらのそれを観察した俺は、思わずそれを掴んだまま立ち上がる。この感じ、間違いなく……あの中にあった物だ。この中に感じるマナ、そして姿が見えないけれど精霊も……たぶんいる。


「貴石砲? ああ、もう見たのか……なるほどね、考えることは一緒か。私達もあれをそう呼んでいるよ。でもね、それを使っている部隊はそう多くない」


「それはどういう……まさか貴石をそのまま?」


 ラピスの言うように、せっかく出来た人口貴石を使わないとなれば本来の天然の貴石を使うしかない。どちらにせよ、世界のバランス的には良くない結果を産んでしまう。どうやってこの事を伝えるべきか。悩みながらも席に戻り、机の上に人口貴石を置く。


「今のところ、いや……この先も真に量産することは恐らく不可能だとわかったのさ。貴石術士であるキミたちなら感じただろう? これを使った結果を。今は良い、けれど10年20年とたったら……そもそもの材料の貴石が採れなくなる、そういった代物だと気が付いたのさ」


「だったらどうして使われてるんですか?」


 言いながらも、理由はなんとなくわかる。ミルレさんよりも上の人間がそう考えていないのだ。あるいはわかった上で、今を乗り切るほうが重要だと考えている。魔物を、人間の住む場所から追い出すことが出来れば後のことはどうにかすればいい、と。


「そのことで依頼がある……と言ったらどうする?」


「話によるわよ。言っておくけど、あの子達が悲しむような依頼はごめんよ? 後はこれの普及も手伝えないわ。私達は貴石術士でいたいもの」


 ルビーのはっきりとした言葉に、兵士の何人かが反応する。まあ、見た目は少女だもんね。気持ちはわからないでもない。ミルレさんはそんな視線を受け止めながら、首を横に振った。否定……でも何に対して?


「私としても別にこの時代だけ良ければいいとは思っていないんだよ。人口貴石にしても、結果として駄目になるなら別の方向で研究をしたい。だがね、人は弱い。限られた人員でなくても手に入る力となればそれを放棄するのはなかなか難しいんだよ」


 困った気持ちが顔に正直に浮かんでいるミルレさん。兵士達も同じなのか、同情のような視線を彼に向けている。状況的には彼らは俺たちの敵とは言えないようだ。


 しばらく悩んだような仕草の末、ミルレさんが取り出したのは数枚の紙。そこに描かれていたのは……巨人。瞬間、思い出すのは街で聞いた王都にあるという……巨人の話だ。


「完成することがなさそうだから私は止めたんだがね。未完成でも戦えるなら、と押し通されてしまった。上手く使えば欠陥は表に出てこない……が、やはりコイツは未完成なんだよ。仮に何か起きるとしても王都や人の多い場所で起きてほしくはない」


「これを止めろっていうわけ? アンタに何の得があるのよ」


 この流れで俺たちへの依頼となればそうとしか考えられないわけだけど、多少話したことがあるだけの俺たちに頼むようなレベルの話ではないと思うのだ。それこそ、国の問題なのだから。知ってしまったからには何もしないという訳にはいかないだろうけど、それはそれである。


「これを動かすための貴石は相当な量か質が必要になる。それを補うための人口貴石。けれどそれでも足りないんだ。ちゃんと動かすにはね。ではどこから残りを持ってくるか? 貴石を買いあさる? それとも……貴石ではない物で代用するか」


 言いながら、自分の胸を指さすミルレさん。同じように胸元に手をやり……気が付く。でもそんな馬鹿なことをするということが信じられなかった。だって……そこにあるのは……石英。人間や魔物にもある、もう1つの心臓と言える物。


「命を吸う巨人。こんなものを運用し続けるのを私は許せないんだよ。下手な冒険者には頼めない。長年貴石を触って来た私だからこそ、キミたちに可能性を感じたんだ。どうか……頼む」


 5人ほどの兵士はミルレさんの賛同者ということになるらしい。彼と一緒に、頭を下げて来た。色々とまだ確かめないといけないことはある。けれど……俺の答えは決まった。


 王都で……巨人を打ち砕く!

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