JD-284.「囚われの精霊」


「下がって!」


「うわわっ!」


 俺の叫びに、咄嗟に従ってくれたフローラだけど少し下がればもうそこは大木の枝葉が目の前だ。みんなを風で覆ってはいるけれど、壁という訳でもないので木々の枝葉を巻き込みながら風の塊として俺たちは落下していく。

 さっきまで俺たちがいた場所を、黒さを伴う炎の槍が無数に通り過ぎたのはその直後だった。まっすぐ前の方に、何か力を感じたのだが回避には成功したようだ。


「ちょっと何よ?」


「何か上に飛んできたのです。敵の術です?」


 言いながらも、俺と同じく森の奥からの気配を感じたのかみんなの顔が真剣なそれに変わる。相手の戦力も不明だけど、何者かに攻撃を受けたのだ。しかも、結構な威力だ。相当本気で攻め込もうとしているのか、あるいは……俺たちが相手の暮らす場所に踏み込んだだけとも言えるかもしれないから悩ましいね。


 しばらく進むと、木々がまばらになっている場所にたどり着いた。手入れのされていない草原ってとこかな? ここなら戦うのに邪魔は少ない……そう思うのは相手も同じ、か。


「来た。とーる、ボクが暴れてる間にみんなを貴石解放して」


「ああ、と言いたいところだけど……いらないかもしれない」


 え?とつぶやくフローラの横を通り過ぎ、少し前に立つ俺の視線の先で……明らかに豪華な装備を見につけた見事な体躯のリザードマンが1匹、歩いてきた。鱗もきれいな物で、金銀を貼り付けたような輝きだ。手にはさっきのリザードマンたちとは比べ物にならないしっかりとした金属槍。体の要所要所を防御するための鎧も立派な物だ。間違いなく、ただの魔物じゃなく……いつかのオークやコボルトのように自分たちの文化、技術を持っている。


 そんな相手の後ろには無数のリザードマン。だけどリーダー格の1匹よりも何十メートルも後ろだ。攻め込むというのならこの距離は問題になる。リーダーの瞳にあるのは……知性の光。つまりは、ただ戦って終わりという訳にはいかなそうだった。


「遠くから撃ち込んできた割には丁寧な出迎えだな」


『どう言い聞かせても手の早いモノはドコニデモイル』


 リザードマンの答えと共に転がってきたのは……斬られた腕だった。みんなに見せる物ではないとは思うけれど、ちょうど雑草の丈がそこそこあるから見えたのは一瞬だった……と思いたい。あいつらなりの詫び、返礼ってことかな?


「人里を襲うつもりか?」


『ソレイガイに生きる道があるとでモ?』


 それ以上の言葉はいらないようだった。見た目だけならトカゲのコスプレをした戦士、というしかない相手からの殺気に俺も聖剣を構える。後ろでジルちゃんたちが心配そうにしているのを感じるから……負けられない。


『シッ!』


「ふっ!」


 学んだこと、目で見たこと、それらを自分の中に取り込み、自分の物として外に出す。いったんそれを意識すれば、女神様からの肉体はしっかりとそれに応えてくれる。鉄板すら貫きそうな一撃を、弾きながら懐に飛び込みつつ、聖剣を振るう。素早く引き戻された槍がそれを防ぎ、お互いの立ち位置がどんどんと変わっていく。


 これまでの魔物とは大きく違う、技を感じた。あるいは獣人のようにリザードマンとしての種族が文化を作っている可能性は十分にあるなと感じた。それだけならば対話の可能性はあったかもしれない。けれど、槍から漏れるマナと思うしかない力、それは……黒みを帯びていた。


「1つ聞く。お前たちに精霊は協力しているのか?」


『チカラあるものに従うが世の中のキマリだ』


 その一言で、俺は自分のスイッチが入ったのを感じた。身内びいきかもしれないけれど、ジルちゃんたちは精霊と仲がいい。なにせ、ほぼ同族と言っていいからだ。肉体を持っているかいないか、ぐらいしか違わない。そんな相手を、人間も魔物相手のために使いつぶそうとしている。その魔物さえ、精霊を自分のために犠牲にしようとしているのだ。


 彼女たちにとって同族だというのならば、俺にとってもそれは同じだ。


「解放させてもらうっ!」


『ヤッテミセロニンゲン!』


 本気になったためか、言葉もどこか聞きにくくなったリザードマンの攻撃が苛烈さを増す。でもそれは俺も同じだ。勝つためなら、遠慮はいらない! この切れ味を……見ろ!


 大岩さえ切り裂けそうな聖剣の切れ味。普段は切れすぎて危ないからと適当なところで抑えている。地面に突き立てたら柄まで沈みそうだからね。でも今はそれでいい。再びはじいた槍、それをわら半紙でも切るような手ごたえと共に穂先を切り裂いた。相手がもっと力を注いでいれば耐えたかもしれないけれど、切れたものはもう戻らない。


「いただくっ!」


『チィ!』


 とっさに腰に下げた剣を抜き放ち、聖剣の一撃を受け流すリザードマン。さっきの攻防を参考に、剣にはしっかりと力が通っているのを感じる。でもその力だって、無理やり精霊から引き出した物、そう感じる。姿勢を整えさせないようにと突撃する俺へとついに我慢できなくなったらしい他のリザードマンからの何かが飛んでくる。


「やらせないよ」


 すぐそばで聞こえた安心する声。両手にナイフを何本も作り出したジルちゃんが放たれた何かを迎撃してくれたのだ。それを合図に、周囲は乱戦と化していく。フローラもどのぐらい大きいままでいられるかわからないけれど、戦いながら貴石解放は難しい。


「アンタはそっちに集中しなさい! 小さくたってね……私達は強いのよ!」


「マスターに手出しはさせませんわ!」


 斬り合う後ろで、炎の熱が背中に伝わり、水の冷たさが頬に感じる。風の勢いも耳に聞こえるし、土の力強さも足元にしっかりと感じた。何よりも、光の輝きが俺に余裕を与えてくれる。


『今スコシで全て上手くいったモノヲ!』


 その叫びが、リザードマンの最後の言葉となった。少し前の焼き直しのような光景に疑問を抱きつつも、やることは変わらない。全力で聖剣を振り抜き……構えた剣ごとリザードマンを両断した。少し硬い手ごたえがあったから、相手の石英ごと斬ったんだと思う。剣から吸収される力はいつものように白く、その代わりに……倒れたリザードマンだったモノからは黒い力が靄のようにあふれ……どこかに飛んでいった。


 指揮官を失ったリザードマンたちはジルちゃんたちにどんどんとやられ、ついには動いているのは俺たちだけになった。今回は一応石英を回収しつつ、彼らが来た方向を見る。この先に……確かに力を感じる。


「さすがにこの先も全部っていうのはやりすぎな気がするのよね」


「俺もそう思うよ。今さらと言えば今さらだけどさ」


 相談の末、精霊が捕まっている、あるいは力だけを利用させられている状況を見つけてそれを介抱することを目的とした。間違いなく、見たことのある黒い結晶体があるはずだからだ。そうと決まればのんびりすることもなく、入念に準備をして一気に飛んでいった。


 そうして見えてきたのは……人の足だと一か月は軽くかかりそうな山の中。湿地帯に作られたリザードマンの集落だった。ここからアーモまで遠征に来ていると考えるとなかなか大きな話だ。人間の住んでいる場所がまだ狭いというのを感じる瞬間だった。


「とーる!」


「ああ!」


 見えてきたのは集落だけじゃない。その中央にまるで宝物のように、それでいて見せしめでもあるかのように飾られた黒い結晶体。ここからでも俺たちにはわかる。あの中に、閉じ込められているみんなの声が。それはかなりの上空にいる俺たちの場所にも届いていた。


「ご主人様、ジルがやる」


「わかった」


 俺が左手で抱えていたジルちゃん。彼女に聖剣を持ってもらい、細い体に腕を回すようにして聖剣を受け取る。そのまま逆手に聖剣を構え……貴石解放をする。腕の中で大きくなる体。大きくなったジルちゃんは、浮いたまま手の中に力を集める。段々と形作られるのは……光の槍、そうとしか言えない物だった。


「えいっ!」


 可愛らしい声とは裏腹に、確かな力を込めた槍が真下に落下していく。相手はこっちの気配に気が付けただろうか? この高さだとわからない。でもどちらでも……一緒だ。


「お見事ですわ、ジルちゃん」


「みんなが出てくるよ!」


 砕ける黒い結晶体。その破片から出てくる光は……喜びに満ちた精霊たちの物だった。自由に広がっていく精霊の気配を感じながら、俺たちは戻ることにした。魔物の問題はひと段落付いたのなら……次は人間だ。

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