JD-282.「子供三日会わざれば……」


「お兄さん! お姉さんたちも!」


 巨大なイノシシに追われながらも子供たちの一番後ろで牽制を続けていた少女、ナルちゃんのはじけるような笑顔が無事であることを何よりも示していた。子供達も何人かは見覚えがあり、ジルちゃんたちと飛び跳ねたり抱き付いたりと騒がしいことになっている。


「ちょっと用事があってね。どうしてこんな森に……っと、話は後でいっか。みんな、解体してからにしよう」


「「はーい!!」」


 言うが早いか、警戒をする子と解体に参加する子と役割分担が出来ていることに驚いた。ラピスが水を出すまでもなく、子供たちはいつものことだよと言わんばかりにどんどんと解体を進めていく。俺たちがしたことと言えば、穴を掘っていらない部分を放り込むぐらいで後はほとんど何もしていない。


 前はウサギだけだったはずだけど、腕を上げたのかな? それにしてはこのイノシシ……たぶん魔物に近い奴から逃げてたみたいだけど……。その疑問が顔に出ていたのか、森を向いたままのナルちゃんは俺たちの方まで下がってくる。


「最近、森に入らないと獲物が少ないんですよ。でも……森で戦ってるとすぐに色々と寄ってくるのでおびき出してたんです」


「あら、じゃあ悪い事しちゃったかしらね?」


「ジル、邪魔だった?」


 逃げてきたのは作戦だったことを知って、泣きそうな顔になるジルちゃん。こうしてるとどっちが年上かわからなくなるね。と言ってもジルちゃんの方がこの体になってからで言えば間違いなく年下なんだけど……しばらく見ない間にぐぐっと大人びたように感じるからそのせいかな? 子供たちのリーダーとして頑張っていくうちに精神的にも成長したに違いない。


「そんなことありませんよ! 思ったより大きくてどうやって倒そうかなあって悩んでました!」


 これで今夜はみんなで焼き肉ですと喜んで言われたらジルちゃんの顔も、俺たちの顔も笑顔になる。やがて必要な処理を終えたことを告げられ、俺たちは大きなイノシシをラピスの作った氷のソリで引きづりながらアーモに入った。


(……少し、雰囲気が変わったかな?)


 町に入って最初に感じたのはそんな違和感と言えるような物だった。全体は大きく変わってないのだが……何かが違う。結界は感じたし、ノストンと比べると冒険者であろう人の数も多い。兵士の巡回だって前と同じようにあるし……なんだろうなあ。


「ご主人様?」


「あ、今行くよ」


 気が付けば立ち止まってしまっていたようだった。慌ててジルちゃんと一緒にみんなを追いかけた時……それに気が付いた。なんとなく、町全体がきれいなんだと。ごみごみしてないというか、そんな感じだった。たまたまであろうと思いながらもナルちゃんたちが住んでいる建物……たぶん教会跡だよね、にたどり着く。


「おおー! がんばったねー!」


「色々出来てるのです!」


 別れる前はとりあえず住める状態でした、という感じだったのに今は家、と呼べるような状態だ。周囲は片付いてるし、倉庫のような物も作られている。庭は皆と色々やるためなのかしっかり囲いも作られている。


「ただいまー」


「ナルお姉ちゃんだ!」


 そんな声が聞こえたかと思うと中からわらわらと出て来る出てくる。大体倍ぐらいになってるかな? 俺も驚いているけどジルちゃんたちも同じようだった。これだけの子供達だけで生きていくのはなかなか大変だ。仕事が順調ということかな……? 気のせいじゃなければ、他の建物も前より結構綺麗だ。住んでいる人の意識が変わってきているんだと思いたい。


「食事は下の子達が自主的にやることに決めてるんですよ。自分達でやりたいって言いだしたからなんですけどね」


 聖剣で小分けに切っておいたイノシシ肉をどんどん運び込んでいく子供たちを見送りながら、俺たちは案内されるままにナルちゃんの私室であろう部屋に入った。他の子達が遊びに来ることが多いのか1人で寝るには広い部屋だ。俺たちが入っても普通に過ごせるからね。


「空から突然ジルお姉さんが落ちてきた時はびっくりしました」


「あぶないと思ったから……でも、ナルも強くなってる……すごい」


 事実、ナルちゃんは驚くほどの成長を遂げている。まだ中学生にもならないぐらいの年頃のはずなのに、立派というにもほどがあると思う。それだけ頑張らないといけない環境だったのかなと思うと心に色々と来るものがあるね。


「無理はしちゃだめよ」


「ええ、そうですわ。本当は私たちもお手伝いをずっとしていたいのですけれど……」


 今は、いい。けれど1年、2年、あるいは5年とたった時にどうするか。俺たちが考えるというのは傲慢と言えるのかもしれない。彼女たちの人生なのだから。俺たちに出来るのはそのちょっとした手伝いだけ。この建物だって普通にやったらかなりのお金がかかるだけの補修なんかはやっていったわけだからね。


「確かに大変ですけど……でもやりがいがあって面白いです。お父さんたちは見つからないままですけど……ここが私の新しい故郷だ、そう思えるようにしたいなって思ってます」


「とーる……ナルちゃんの方が大人じゃない?」


 ちょっと思っていても口にしなかったことをずばりとフローラに言われてしまった。思わず胸を押さえて呻く俺を、ナルちゃんは不思議そうに見つめている。確かにそんな顔も5歳以上歳を足したような大人びた顔なんだよね。


 そんな雑談をしていると、子供たちに呼ばれて食事となった。急な訪問だからと遠慮しようとした俺たちだったが、子供たちにも是非と言われては断り切れない。代わりに収納袋に入れていたそのまま食べられそうなあれこれをプレゼントだ。子供たちの歓声が耳に気持ちいい。やっぱり果物とか、必需品じゃない物はなかなか買えないんだろうな。



「そうだ、お兄さん。最近変な噂を聞きます。なんでも、森の奥の方にいる魔物の中に毛色の違う個体がいたそうです」


「詳しく聞かせてくれる?」


 食後、片付けや寝る準備をする子供達。俺たちもそれらを手伝い、後は勉強やおしゃべりをして寝るだけというところでナルちゃんに相談を受けたのだ。その内容は、森の異変。彼女たち自身が経験したわけではないそうだけど、森に向かう冒険者達からの話から首を傾げる物がいくつかあったそうだ。


「オークやゴブリンにも上位個体がいるのかしら」


「オークにならいますわ。確か随分前に戦ったことが……」


 確かに随分前のことだけど、オークやそれ以外を率いる強めの個体、オークキングと呼んでたような気がするけど、そんな奴がいた。これまでの戦いから、オークやゴブリン、コボルトなんて相手にも文化というかそういった背景がある。上下関係の1つや2つ、あるだろう。そうなれば何がその立場を分けるかと言えば間違いなく、強さが重要だ。


「ボクたちで一度潜ったほうがよさそうかなー?」


「偵察は大事なのです。みんなが狩りが出来なくなると大変なのですよ」


「ジルたちにお任せ、だよ」


 同じことを口にしようとした俺だったが、3人に先手を打たれてしまった。そのことがなんだか嬉しくて笑顔になりつつも力強く頷いた。ここはまだマナの濃さが変わらないようだけど、そのうちに影響が出てくるとしたら放っておくわけにもいかない。人口貴石の研究者に会うこともしないといけない。


「なんだか眠くなってきちゃいました」


「じゃあ俺は男の子の部屋に行くよ」


 俺たちという相手がいることで頼られない時間という物が出来たのか心なしかナルちゃんの気配も年相応の物になっているように思う。俺たちがいる間ぐらいは、気を抜く時間を作ってあげたいな……そう思う。


「駄目だよ、ご主人様。みんな一緒」


「私もそのほうがいいです……駄目ですか?」


 立ち上がった服を2人につかまれては断る理由もない。彼女もそのほうがいいというのならそうしよう。その代わり、ナルちゃんをみんなで囲みつつ、俺は少し離れたところで寝ることにした。なんとなく、そのほうがいいかなと思ったのだ。決してナルちゃんをみんなと間違えて抱きしめたりしたら危ないなという訳では無い、無いのである。



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