JD-281.「おかしな世界」


 何はともあれ情報収集は大事だ。という訳で俺たちは市場を巡ったり、適当に酒場に入ったりして話を集めてみることにした。最初に市場で確認した限りでは物流に問題は出ていないらしい。むしろ前より問題ないそうである。


「魔物も減ったし、外に畑を増やせるようになったからな! 前は野犬やらゴブリンだとかが結構いたんだが最近は森の方に引っ込んだみたいだ」


「じゃあフレミーみたいなのは例外ってことか……」


 干したフルーツなどを売っている店で聞いてみると、そんな答えが返ってくる。ちなみにジルちゃんたちは後ろで買った物をさっそくもぐもぐと。うう、俺もなんだか食べたくなってきたぞ。そんなことを考えていたら店主のおっちゃんに笑われてしまった。


「ははは。街じゃ見ない顔だ。旅人……しかもそこそこやるんだろう? そんな装備までして旅する奴が一般人のわけないからな」


「稼げるかと思ったんだけど当てが外れたところさ」


 実際、ギルドにも顔を出してみたけど薬草採取だとか、今さら6人でやるわけにもいかないレベルの仕事しかなかった。なんと、ゴブリンの間引き依頼すらないのだ。トスタじゃあれほど尽きることの無い仕事として用意されていたというのにね。


 街同士の移動が安全になるとなれば商売の規模も大きくなる。護衛に雇われる冒険者もそれなりにはいるかもしれないけれど危険が減っているのだからその必要とされる腕も変わってくる。高くて、腕の良い冒険者はこのあたりでは過剰戦力なのだ。


「過ごす分にはいい話なんだがな。まだ大規模に戦ってるって言う前線に行った方がいいんじゃないのか?」


 やっぱりそうなるのかなあ? 出来ればこの状況は放っては起きたくない。命の危険に人々がさらされているのが正しいという訳じゃないのだけど、何かこう、危ういのだ。一見、結界もない状態で過ごせているのは健全に見える。けれどそれは、今まで街だけだった範囲が地域一帯に広がったわけではないのか?とそんなとりとめもない予感があるのだ。


「そうしてみようかな。それにしてもあのどかんと撃つ奴はすごいな。おっちゃんは他にも見たことある?」


「話だけならな。なんでも手持ちの細い筒から撃つ奴もあるらしいぜ? それによ……」


 大っぴらに言う物でもないのか、顔を寄せてきたおっちゃんから告げられた内容は俺も驚く物だった。おっちゃん曰く……王都には動く巨人がいるらしい、と来たもんだ。この場合、種族として知られている伝説の巨人族という訳じゃないんだろうなと思う。


「ゴーレムを超えた巨人……そんなものがあるというの?」


「話だけだからな。なんでも見上げるほどだったそうだぜ?」


 火の無いところになんとやら、大きさや強さと言った物はともかく、動く巨人と呼べるものがいるのは間違いないんだろう……そして状況からして、それも貴石砲の技術と同じものが使われている。


 おっちゃんにお礼を言って、市場の隅にあるベンチにみんなして座った。一見すると買った物を食べてるだけの男女の集団にしか見えないはずだ。実際にもぐもぐと買い込んだ色々をつまみ食いするジルちゃんもいるしね。


「どうしたもんかな……」


「恐らくというか間違いなく、その巨人は貴石砲の比じゃなく石英や貴石を潰してると思いますわ」


「やだなー……近くにいたら耳を抑えたくなるんじゃない?」


 実際に戦力として、周囲の魔物の掃討なんかに使っているのだと思う。そのうえで、魔物の脅威が減ったとしたら人はどこを向くだろうか? 北は悪い話を聞かないから善戦してるのだと思う。こちら側の戦力が移動していくからますます有利になるだろうね。問題は一見平和になったこちら側だ。


「トール様、自分には魔物がいなくなった後、巨人や貴石砲が使われなくなるとは思えないのです」


「間違いないわね。次は……同じ人に向くわよ」


 昔から世の中に出ているお話でも火薬武器という物は歴史に影響を与えすぎるということで葛藤があったり、厳重な管理をといった話がよくある。今回はマナという火薬代わりの物だけど結果はほとんど変わらない。矢の代わりはもう十分可能、それどころか下手な貴石術士はいらない強さを誇っている。そこに巨人が加われば……もうそれは何か別の物だ。


「えっとね。本当に魔物さんいなくなったのかな?」


「ジルちゃん? あ……そうか」


 その指摘に、思わず立ち上がりそうになった。聞いた話を思い出せ……魔物は討伐しきったわけじゃない。街道に出てくるようなことはなくなったし、襲い掛かってくることも減った……でも森にいるんだ。そして、今のところ人間の住んでいる土地なんてものはごくわずかな領域だ。


「かつての戦争の時の……魔物の逆転劇は追い詰められてから起きたって女神様は言っていた……」


「どうするの? 私達も悪役になって貴石術を軽視するなとでも暴れる?」


 ルビーの言うことは極端な例ではあるけれど、全くないかというと捨てきれない可能性が出てきてしまっている。駄目だ、情報が足りない。ここはひとまず情報収集だ。


「王都とどっちが良いかはちょっと気になるけど……アーモに行こう」


 そして、当事者の1人であろう研究者なあの人から話を聞けるようなら聞いてみたい。そう告げた時のジルちゃんたちは喜んでいた。確かに街には行くのにあの子達に会わないって言うのはないよね。貴石術の使い方にも注させないといけないからちょうどいいかな?


 そうと決まれば話は早い。歩いていくのももどかしいと思い、適当に外に出て人気のない方向へ。ある程度来たところでフローラと一緒に飛び上がった。


「っとぉ!?」


「うわわっ」


 こんなところにまで既に影響が出ていた。軽く浮き上がったつもりなのに、一気に棒高跳びぐらいに飛び上がったのだ。真剣に飛んだら雲まで行っちゃうんじゃないか? 慌てて2人して地面に降り直し、姿勢を整える。そういえばこっちに転移してきた時の飛行でも同じようなことが起きていた。


「一度本気で飛んでみたほうがいいんじゃないかしら? 隠すのはラピスに任せて」


「そういたしましょう。ちょっと窮屈ですけども、2人の肩側と、背中に1人ずつくっついて1つになって飛んでみましょうか」


 なんだか合体ロボみたいだなと思いつつも言われた通りにしてフローラと頷きあいながら空へ……うおおおお!? やばい、速いし、高い! 上に行くほど空気の問題というよりマナが薄くなっているのか段々速度も落ちているけれど、段違いだ。


 慌てて上昇を止め、周囲を見渡すと低い位置にあるような雲がほぼ横にある状態だ。地球のヘリより上に来てるんじゃないか? 下を見れば町並みが豆粒のようだ。


「このまま行っちゃいましょ?」


「うん。そうしよっか……」


「鳥さんの背中が見えるよ。すごい」


 まるで山登りをした山頂のような視界。確かに少し下を鳥が飛んでいる。渡り鳥だろうか? マナの濃淡は獣には関係があまりないのかもしれない。それはきっと体内にある石英の大きさから影響が少ないからだろう。


 そのまま滑空でもするかのようにアーモの方向へと移動を開始した。やはり大して力を込めていないのに、雲が流れていくから結構な速度で移動しているのがわかる。移動するごとにマナの濃さは薄まっているのか、徐々に高度が下がっていくのがわかる。


「下が小さすぎるし、このままゆっくり降りながら行こうか」


「はーい! なんだか楽しいー!」


 普段しない移動方法にフローラのテンションも上がってるようだ。動けないのはつらいと思うけど、背中と腕の中にいるみんなも同じ感じらしい。楽しそうな気持ちが伝わってくるからね。

 

 そのまましばらく空を飛び、徒歩だと何日もかかるような距離を移動していくとたぶんアーモだろうと思う町が見えて来た。高度をどんどんと下げ、町はずれに降りようとする俺達。


「あっ、ジルいくね」


「ちょっと!?」


 まだビルの屋上ぐらいはある高さなのに、ジルちゃんが手を放して飛び降りた。慌ててそちらに視線を向けると、森から出て来た人影。しかも複数ってあれは!


「あの子達! なんで森の中からっ!」


 そう、ここからでもわかる。アーモで出会った孤児たちだ。後ろから迫るイノシシのような獣に……ジルちゃんミサイルが突き刺さったのはすぐ後のことだった。驚いただろうな……みんな。


 遅れることしばらく。俺たちも子供達とジルちゃんの元へと降り立つのだった。

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