JD-280.「貴石砲」


 久しぶりに人間側の土地にやってきた俺達。立ち寄った街に襲い掛かってきたのは小屋ほどもある大きなウサギの魔物、フレミー。街道で迎撃に出ていた俺たちを避けるかのように一部が街へと降り立った。

 結界がないことに驚く俺たちの前で、フレミーを倒したのは……地球にあった大砲のような物から撃ちだされる謎の光だった。


「あれは何だったんだろう……」


「終わったらどこかに行ってしまいましたものね。秘密ということでしょうね」


「威力はあれよ。トールの見た覚えのあるあれらに近いんじゃないの?」


 酒場の一角、隅っこにあるテーブルで周囲の騒ぎに溶け込みながらの雑談。俺達以外も話のネタはあの謎の大砲たちであった。何度か出てきたことがあるらしく、今日もまた……そういう中身ではあったが。見慣れて来た街の皆と違い、俺たちは最初から見覚えがあった。


(この世界には火薬がない。いつだったか空飛ぶマンタを迎撃した時も撃ちだす力は密閉された場所で貴石術をさく裂させたものだったかな? だから、そばには貴石術士が必要だったはず)


「その意味ではそうだね……ルビーの言うように俺たちの知っている大砲に近いと思う。だって、マナを動かしてる様子が無かったもんね」


「中に、急にぼーんって出て来たよ」


「だけど……あれは悲しい物なのです」


「泣いてた……ボク、聞いちゃったもん」


 そう、フレミーを迎撃した大砲……貴石砲とでも名付けようか。詳しくは見ていないけれど、間違いなくあれは貴石を代償にしている良くない力だ。中身は石英かもしれないが……普段と違い、完全にマナを抽出して発射しているか、砕いて撃ちだしている。


 周囲に飛び散るマナとその荒さが何よりも証明している。言うなればジューサーの搾りかすのような物が出てきているのだ。あれでは世界に戻ろうにも戻れない。リサイクルされるかのように世界に戻っていく普通の貴石術と違い、あれでは……。


「貴石術の代わり……?」


 口にして自分自身でその言葉に頷く俺。そうだ、あれなら貴石術がいらなくなってしまう。前に聞いた話だ。そう、アーモの街で研究をしているというミルレさんから人口貴石と、その利用に関して。あの時、具体的にはどこまで進んでいるかは聞いてなかったけれど、天然の貴石を使う方法ならば既に確立していたとしたら? そこに人口貴石として安定した供給が可能になったとしたら?


「全ては推測ですが、一番ありうる状況ですわね」


「誰でも貴石術相当の打撃を使えたらってこと? 気持ちはわかるけれど、そんなのは……」


 一方的すぎる。俺の考えを聞いた2人はやや顔を暗しくしながら推測を答えてくれた。そう、あれだけの威力を量産でき、誰でも使えるとなれば話が諸々変わってきてしまう。でもそれは危険な道だと思う。今の貴石術がある状態もそうと言えばそうだけど……兵士人口の多い国が一番強くなる、そんなモノだ。


 止める……のは難しいと思う。今のところ、あの声を聞けるのは俺たちだけだからだ。貴石術士なら、貴石砲の周囲に漂う普段とは違うマナに気が付くかもしれないけれど、貴石砲自体が珍しい物、そういうこともあるかなと思うのが精一杯だと思う。


「ご主人様、あぶないよ。みんな、いなくなっちゃう」


「あのぐらいならまだ大丈夫なのです。けれど、もしももっと……」


 2人の心配はよくわかる。数もそうだし、もっと大規模なものになったら消費は今の比ではないと思う。それこそゴーレムのような物をあの仕組みで作り始めたら消耗するばかりだ。どうしたものか、と思う時にフローラが外を見たままだということに気が付いた。


「? 何かいた?」


「ううん。なにもー。結界が……無いよね。なのに魔物さんの襲撃はあれ一度で終わりなんだな―って」


 確かに結界がまだないままのはずなのに街の人は慌てた様子はない。来ても大丈夫ということなのだろうか? それとも……別の理由? 休憩を終えて、情報収集を始めた俺たちが耳にしたのは、この街、ノストンの守る仕組みだった。


「結界が結果として魔物を引き寄せることを学んだ……てことか」


「外に結界の装置を置いた場所を作って、こまめに切り替えることで魔物を間引き……ほんっと、人間ってこういうところは細かいわよね。結界が無くても生きていけるならそこで満足しておけばいいのに、魔物を減らしていこう、なんて」


 無駄、とは言わない。効果はあると思うけど……それはどうなんだろう? 女神様も必要なのはバランスだと度々言っている。そう考えると魔物だけが減っていくのはバランスが良くないはずだった。魔物は自然からマナを吸い上げて自らの石英にマナとしてため込み、それが次の捕食者や人間に倒されて石英からマナが自然へと帰っていくサイクル。そうか、だからか……。


「このあたりのマナがこれまでと違うのは、自然から吸い上げる存在が一時的に減ってるからですの?」


「たぶんね。でもそうなるとこれはまずいぞ……」


 考えを口にしようとした時、酒場の扉が乱暴に開かれ何名かの冒険者らしき男達が入ってくる。そのうちの1人は装備が黒焦げだ。何かに燃やされたような……そんなブレスを吐く奴いたかな? 気になって聞き耳を立ててみる。


「駄目だな。この場所じゃ危なくて術を使いたくない」


「ああ。まさか手元であんなになって爆発するとは、お前が生きていてよかったよ」


「落ち着くまで移動しよう。そうだな……依頼の多い北に行くか」


 他にも続いていたけれど有用な部分はこんな感じだった。やっぱり、貴石術の制御が難しくなっている。その属性においては恐らく世界トップクラスに扱えるジルちゃん達ですら戸惑うぐらいなのだ。普通の人間じゃ加減が難しいに違いない。


 元々戦いに使えるほどの貴石術士は冒険者か兵士となることで時折命を散らす。一般人では水を生み出すぐらいが限度だ。それを補うためか開発されたであろう貴石砲。人間の開発能力を考えるとアレ1種類ということは恐らく、無い。


 それらが生み出したのは魔物が減った土地、そしてそれによりマナが不自然にあふれ始めた世界。そこでは貴石術を使うのは困難になる。そうなれば誰が強い魔物を倒すのか? 武器では限界があり貴石砲が担ぎ出される。そしてまた魔物が減る。貴石術を使うにはかなりの鍛錬がいるようになるだろう。この行き着く先は……貴石術の必要のない世界。


「世界から……貴石術がきえちゃう?」


 こっそりハチミツを入れたミルクを飲みながらのジルちゃんのつぶやき。それは俺の胸に飛来していた嫌な予感と全く同じものだった。なるほど、精霊が泣いている……か。言い得て妙というか、そのまんまだったわけだ。


「開発元に行って確認しよう。もし何もわからずに目の前の力だけを追うようなら……」


 止める必要がある。そう思いながらも何をどうするべきなのか、俺の心に明確な答えは無かった。

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