JD-279.「行き先に戸惑う」


「っと、到着か」


「昨日は西に今日は東に……激動の人生ですわね」


「どこかしらね、ここ……」


 いつかのようにマナの流れに乗って、俺たちは転移した。視界は赤、赤、赤。というか暑い。俺たちが転移してきたのはどこかの火山、その火口近くだった。俺たちじゃなかったら速攻死んでる気がするぞ?


 慌てて飛び上がり、火晶の塊を背に安全そうな場所まで移動する。それでも周囲は恐らくだけど相当暑いはずだ。植物がほとんどというか全くないからね。さすがに溶岩の川がということは今のところないようだけど……。


「はわわっ、焦げちゃったのです」


「せっかくのしっぽがー!」


「残念……」


 何がというと、みんなの付け尻尾だ。たまたま熱い岩場に触れてしまったらしく、先の方が縮れ毛の状態だった。ついでということで付け耳と尻尾は解除。話の通りなら人間側の土地に転移しているだろうしね。

 ラピスに幻影を使ってもらいながら、偵察を兼ねてみんなで空に舞い上がる。が、その時事件が起きた。フローラが一気に上昇してしまったのだ。慌てて降りて来るフローラとみんなして抱き合いながら様子をうかがう。そういう俺も、予想より高く飛び上がってるんだよね。なんだろう?


「ちょっと、どうしたのよ」


「んー? なんだろう。すごく調子がいいというか、なんか変なんだよねー」


「貴石が増えたからじゃないか? 俺もフローラみたいに成長してるのかも」


 他に心当たりがない俺たちはそんなこともあるかなーというフローラの様子を見ながらゆっくりと空を舞う。そうして見えてきた地上は……見覚えはないけれどなんとなくわかってきたぞ。遠くに見える山はたぶん、アザラシなマリルと昇った火山だ。2か所も火山があるなんて良いことなのか悪い事なのか。被害としては良くないことだけど、宝石類の産出は多そうだ。


「アーモの街はあっちかしら? どうするの? 寄ってく?」


「終わってからの方がいいかな。またすぐにまたねってお別れだもんね」


 ジルちゃんは立ち寄りたそうだったけど俺が言うようにまたすぐにさよならだ。だったら後からゆっくりとというのをわかってくれたらしい。火山からは離れつつ、適当な街の近くに降りることにした。東に行くほど、魔物が討伐されていて平和らしいし、ジルちゃんたちみたいな見た目の子が出歩いていてもマシだろうと思ったからだ。


 そうして森に降り立った時、俺はそれを感じた。


「このあたりに来るのは初めてだけど……こんなにマナって漂ってたっけ?」


「言われてみれば……なんだか手ごたえが違いますわね」


 森から街道に出て来た俺達。このまま歩いて行けば見知らぬ街に到着だ、そんな状態であるがどうも見た目というか……マナが濃かった。ゆっくりと動いてはいるけれど、なんだろうな? 力を入れようとすると予想以上に力が入ってくる感じだ。


「えいっ! わっ」


「ジルー? そんなに本気を出しちゃ……あれ? そうでもないの? ボクも、えいやっ!」


「2人とも、威力がすごいのです」


 そう、ジルちゃんの撃ちだした透明なナイフは深々と突き刺さり、フローラの風の刃は俺の腕程はある木をあっさりと切断した。どちらも牽制程度に放つようなつもりだっただろうに、だ。今まで10のマナを使って10の結果を導いていたのに、それが20にも30にもなっている。考えられるのはこの濃いマナだ。


「何かあったのかしら? さすがに最初からこのあたりはこうだったと考えるのはダメよね」


 疑問は尽きないが、ひとまず街にいって情報収集をしようということになった。元々立ち寄る予定だったしね。地晶の精霊が言っていた……精霊が泣いているってどういうことだろうか?


 マナの濃さ以外は問題なくたどり着いた街はノストン。ごく普通の、人間の街だ。市場は賑わい、若干人数が少ないように思えるけど冒険者らしき人もいる。気のせいだろうか? どうも平和すぎるというか……。


「ご主人様、なにか変?」


「そうだね。何かあったんだろうか……」


 疑問を抱きながらもギルドらしき建物に入ると……その空気は軽かった。中にいた冒険者、そして受付の人達が俺たちを見て……またもとに戻る。それを不思議に思いながらも受付に話を聞きに行くと、けげんな顔をされた。


「何も知らないでこっちに来たのか? ふうむ……そうなると地域差があるのか。ああ、すまない。実は……周辺の魔物がへってるんだ。見回りも減らせるぐらいにはね」


「冒険者がいないように感じるのは元々すくないから……?」


 受付の頷きがそれが正解であると示していた。道理で街にいる人々も安心した感じな訳だ。前に聞いた話によれば東、要は王都に近づくほど冒険者は稼げないと聞いている。ノストンもそう言った具合の街なのだろう。


 となると心配なのは、北側である前線だ。こっち側が平和だとして、増援や物資の移動にも影響は出ているのではないだろうか?


「北の前線の方はどうなってるの? 物資が滞ってるとか……」


「今のところ、特別問題は聞こえてこないな。こちらに余裕がある分を増援に出すんじゃないか?」


 相手はこういうけど精霊がわざわざこっちに飛べと言ったということは何かがある。それこそ、この状況が悪化するかもしれない何かが。情報を集めて原因を突き止めるべきか、そう思った時だ。


「大変だ! 街道にウサギが出たぞ!」


「ウサギ……です?」


「ふわふわでもこもこ……」


 汗だくになって駆け込んできた男性には悪いけど、俺たちにとってはウサギ……の魔物だとしてもそんなに脅威を感じない。首を狙ってくる黒いのはちょっと気にしないといけないかな?

 そんな俺たちの空気を感じたのか、受付の人がとある方向を指さす。そこにあったのは絵。誰が書いたのかわからないけれど、ウサギに対して鼻先ぐらいまでしかない人間が描かれている。これがいったい……って。


「フレミー、私たちはそう呼んでいる。この地方にしかいないのかもしれないな」


「うっわぁ……」


 どうやら厄介な相手らしく、ギルドに残っていた冒険者達も外へと駆け出して行く。確かにこの大きさのウサギが草木を食べたり、穴を掘ったりとするだけでも相当な被害になる。魔物となれば……下手をすれば動物も食うのだろう。


 じっとしているわけにもいかず、みんなしてギルドの外に出ると既に街は騒がしくなっていた。東側が騒がしいからきっとそっちからウサギが来ているのだろう。他の人に習う形で走り出し……それを目撃した。


「私達、不思議の世界に迷い込んだのかしらね?」


「元々不思議の世界と言えば不思議の世界ですけれど……あらあら」


 目の前に広がっている光景はある意味ではコミカルな物だった。ちょっとした小屋ほどはあるもこもこのウサギが好き勝手に飛び跳ね、穴を掘り、そして一部は冒険者と戦っている。さすがに攻撃を仕掛けられて黙っているような相手ではなかったようだ。


「肉にしても何人前取れるんだ?」


「おにく……じゅるり」


 我らがジルちゃんがターゲットを定めたのであれば後はやることは1つである。倒して、いただくのだ。比較的人のいないほうのフレミーを狙い討伐に参加する。大きいけれど動きはウサギ。一羽一羽確実に仕留めていく。


「とーる! あれ!」


「大ジャンプ……ってそんな場合じゃないか!」


 さすがウサギというべきか? 俺たちがいない方向にいたウサギの何羽かが大きく飛び上がり防壁を超えて街中に降りていく……え? どういうことだ?


 魔物の侵入を防ぐ結界がない。そのことに気が付いたときには既にウサギは当然街に降り立っていた。建物が壊されたり、魔物は魔物ということで誰か齧られたりしたらひどいことになる。混乱しながらも街に戻った俺が見た物は……どう見ても大砲のようなものをウサギに向けている兵士たちの姿だった。


「撃てっ!」


 合図に従い放たれるのは、マナを凝縮したような弾丸。俺たちが使う貴石術に近いけれど違うナニカだ。大きなウサギであるフレミーにあたったそれは確かな威力を発揮し、よろけさせる。まだ致命傷にはなっていないようだ。


「交換完了!」


「よし、次だ!」


 それは良くないこと、そう感じながらも俺が止める暇もなく続けて放たれたナニカ。フレミーはそれによって倒れ、街に静けさが戻る。俺、そしておそらくみんなはそれを見た。大砲モドキからあふれるマナの残滓。それが石英に宿っていた名もなき精霊だったものだと。


 何かを成すために何かが犠牲になる。俺の頭には、そんな天秤が浮かんでいた。

 

 

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