JD-278.「大地の同胞」


「まるで人類未踏の探検みたいだな」


「ふふ、トール探検隊ですか」


 かつてはわからないけれど、今はもうこのあたりは全く人が通らないらしい。比較的通りやすそうな場所を切り開き、足元とかに注意しながら確実に進む。今のところ……毒虫や蛇、そのほかの危険な生物にはほとんど遭遇していない。これは偶然なのか、それとも別に理由があるのか。


(ジャングル探検だと大体危険生物がっ!ってなるんだけどな)


 気が付かないうちにその危険に出会っている、という可能性も考えたのだけどどうもそんな感じもない。空を飛んでしまうのが早いけれど、見落とすかもしれないからと地上を進むわけだけど……そうやって進化していく必要がなかったのだろうか?

 細かい話は別にして、邪魔をするのは草木ばかりというのはありがたい。


 なおも進むと、だんだんと……草木が減ってくる。地面が荒れ果てているかというとそうでもない。むしろ、ニーナを触っているかのように土に関係するマナがどんどんと濃くなっていく気がする。


「トール様、近いのです」


「これはあれね……濃すぎるんだわ。薄まらないとはじけてしまうのよ」


「風晶の時にもあったよね。風が強すぎて鳥も飛べなかったんだよー」


 見えてきたのは岩肌。見上げるような高さの崖がきれいに切り取られたようにその茶色を示している。がけ崩れでも起きたのかなと思っていたけどこれは……そうなっているのか。

 足元の小石1つとっても、まるでカラードの石英であるかのように力を感じる。ここから持ちだすとすぐに力が抜けていきそうな予感はあるけどね。


「動いてる……よ」


「生き物? んん? ちょっと違うか」


 ゴーレムの類かと思ったけどそれも違うようだった。バランスボールほどの岩の塊がごろごろと転がり、どこかにぶつかったかと思うとそのままくっついていった。よく見るとあちこちで同じような光景が。何の意味があるのかわからないけれど、力が有り余ってるというところかな?


「はわわ……これは予想外なのです! トール様、ここ……ずっと待ってたのです!」


「待ってた? もしかして……俺たちみたいな存在を?」


 頷くニーナに驚きつつ、俺は覚悟を決めて隠れていた場所から立ち上がり、堂々と見える場所に出た。するとどうだろうか? 好き勝手に転がっていたように見えた岩たちがまるで迎えの兵士であるかのようにあちこちから集まり、二列になって俺たちの前まで伸びて来た。まるで間を通ってくれと言わんばかりだ。


「行こう」


「小さな精霊さんがいっぱいなのです!」


 岩がほのかに光ったかと思うと、ニーナの言うように1つ1つの岩の上に人形ほどの大きさの精霊がふわりと浮いてきた。みんな笑顔で、中には飛び跳ねている奴もいる。長い間、寂しかったのかな?


 そうしてたどり着いた崖の下。ハチが巣でも作ったかのように大きな大地の力の結晶、地晶が脈動するかのように光っていて……1人の精霊がはじき出されるように飛び出て来た。


『やった、本物です。本物なのです!』


「トール様はトール様ですよ?」


 出て来た精霊はジルちゃんたちの半分ほどの背丈。昔どこかで見たような民族衣装のようなものを着ている。ちょっとだぼってしているのは何か意味があるんだろうか。そんな多分彼女?は俺たちの周りをぐるぐると周り、最後にニーナと俺の前にやって来た。


『儀式以来、ここに貴石人を従えた存在が来ることはなかったのです! もう十分大地は力を取り戻したのに、儀式を制御する人がいなくなったから止められなかったのです!』


「なんだかニーナに似てるわね。それはそれとして……だからこの状況なの? ここだけ砂漠みたいに何もないから気になってたのよね」


 ルビーの言葉に改めて周囲を見ると、確かにこのあたりだけ草のくの字もないほど土や岩だけだ。その土さえ、多分岩が砕けて砂になって……といったもので普通のとは違う。それで思い出すのは、属性を偏らせて環境を復活させようとしたという話だ。精霊も言ってたよな、儀式以来って。


『放っておくとどんどん広がるから頑張ってたのですが……うう、その苦労も今日までなのです。貴石人よ、己の足で歩くことを選んだ同胞よ。これを受け取るのです。きっと……大丈夫なのです』


「はわっ!? あっ、そんな急にたくさんは怖いのです。んんっ!」


「ニーナ、がんばって」


 精霊がニーナのお腹付近に手をやったかと思うと、まるで精霊が浮輪に開いた穴のように地晶からマナが集まり、それはそのままニーナに注がれていく。一体どこにそれだけ入るんだろうと疑問に思うほどの量がどんどんと注がれ、ニーナはそれを受け止めている。


「ふわー……すごいねー。何年分なんだろー」


「まずは余剰分を吐き出さないと止めることも難しい、ということでしょうか」


 みんなで見守る中、だんだんとニーナのまとう気配が強くなり、ほのかに茶色……金色かな?に光っているように感じる。注がれたマナがニーナの物になっていっているんだと思う。


「うう、まるでトール様と一晩中してる時みたいに中にいっぱいなのです」


「え、ちょっとそこ詳しく。最近そうでもなかったわよね?」


「そういうのは後でね、ねっ!」


 締まらないなあなんて思いつ、マナの譲渡を見守ることしばらく。ようやくその流れも収まって来た。お腹いっぱいといった様子で座り込むニーナ。精霊はそれに満足したようで次は俺の方を向いた。状況からして、俺には注がれるんじゃなくて制御の方かな?


『こちらへなのです。このあたりに手を入れて、もう普通で良いんだよって願って欲しいのです』


「そんなのでいいのか? わかった」


 誘われるままに、周囲より色の濃い地晶に指を触れると、確かに不思議なことにずぶんと沈んでいく。まるでみんなのお腹に聖剣を入れてるかのようだった。でも、それもおかしなことではないのかもしれない。かつて、水晶の精霊たちも言っていた。ジルちゃんたちは動く体を持つことが出来た精霊のような物だと。だったらこうしたマナの結晶たちも言うなれば彼女らの体なのだ。


(今までありがとう)


 かつての誰かが願った事、この大地に力を。ずっとそれをこなしてくれた精霊たちへの感謝の気持ちを込めて手首まで沈めた俺は願った。すると、確かにあふれんばかりだった気配が収まり、力は感じるけど普通、そんな感じだった。


 振り返れば、ジルちゃんたちは無数ともいえる地晶の精霊たちと触れ合っていた。先ほどまで力があふれていた影響なんだろうか? ニーナ以外も触れているようでここぞとばかりに遊んでいる。やっぱりみんな、戦えるけど女の子、なんだよな。


「頑張らないとな……」


『よく見ると貴方は人です? 貴石人です? それとも……』


 ちょこんと、精霊が足元に立っていた。元の世界ならホラー映画のシチュエーションだけど見た目の問題もあるのかどこか微笑ましさすら感じる。だからちゃんとしゃがみこんで目線を合わせる。うん、ルビーも言ってたけどなんとなくニーナに似てるな。それとも俺たちにそう見えているだけかな?


「人間さ。みんなと一緒にいたいと思ったぐらいかな」


『なら、準備が出来たら飛ぶのです。遥か東の大地で、精霊が泣いているのです』


 精霊が指さす先、それは俺たちが以前冒険をしていた土地、スーテッジ国の方向だった。

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