JD-277.「別れと決意」


 別れはいつだって辛い物。それがわかっていて何故誰もが出会い、そして心を通わせてしまうのか。異世界に来ても、俺はその答えは見つけられそうになかった。


「また遊びに来てほしいにゃ」


「そうですよ。ここが別荘だと思って気軽に来てくださいね」


 なんだかんだとかなりお世話になったミャアとシアちゃん2人に見送られ、俺たちは旅に出ることになった。目指す先はとある川の上流。理由としては、そこに獣人の祖先が土の精霊を宿らせ、大地をよみがえらせる最初の地点にしたという伝承が出てきたからだった。

 恐らくはそこからまた別の場所へと旅立つであろうことから、みんなに別れを告げていくことにしたのだ。


「次に来る時は人数を倍にして来るといい」


「うふふ。そのあたりは女神様にお伺いを立てないとですわね」


 いつの間にか、ジルちゃんたちと仲良くなっているメイヤさんからはそんな謎の御言葉を頂いた。ラピスやルビーはわかってるみたいだけど……後で聞いておこう。同時に、マナを吸い出すのに使うと良いと、形の良くないらしい貴石類をまとめてもらった。お金にするとかなりの価値となるはずだけど、旅の助けになればそれでいいと格好いいことを言われてしまった。


「トールもな、あまり泣かせるようなことをするなよ」


「気を付けます、ええ」


 コツンと、胸のあたりを拳でつつかれそこから気持ちが伝わってきたような気がした。だから真剣な顔でしっかりと頷き返す。その後は豪快な物で、勢いよく背中を叩かれつつ送り出された。まだ朝も早く、街を行く人はまばらだ。それでも俺たちのことを見ると旅に出ることがわかるんだろう、みんな手を振ってくれる。


「うう、後ろ髪なのです……」


「元気出してこーよ。ボクたちならまた帰ってこれるもん」


「ぜったい、また来る」


 じっとしているとさらにそんな気持ちが沸いてきそうだったので、それらを振り切るかのように俺たちはそのまま街の門をくぐる。そういえばライネスさんは来てなかったな……忙しいんだろうな。昨日挨拶はしたし、問題は無いんだけどね。


 少々寂しいような気持ちを抱きつつ、街道を進むと前の方になじみのある気配が2つ。そこに2人していることが訳が分からなくて思わず速足でそこに向かった。


「ライネスさん! それに……」


「ふんっ。俺がいちゃまずいのか? んん?」


「いつ来るかとずっとそわそわしてたのは貴方ではないですか」


 そう、ライネスさんとヴェリアが切り株に座って待っていたのだ。俺たちが行く場所にはここを通ることを分かった上で。言葉を交わそうと1歩踏み出したところで、なぜか2人は俺たちとは少し離れて武器を持ったまま向かい合った。


「色々考えましたが、私達からの餞別はこのほうがいいと思ったのです」


「俺たちは民を引っ張る戦士だ。だから、全員よく見ておけ」


 言うが早いか、ヴェリアからライネスさんへと切りかかり、戦いが始まった。お互いにどういった攻撃が来るか、分かり合っている斬り合いだった。だからこそ、本気だというのに全く危ないところがない。剣の向き、体の動かし方、そう言った物が生きた教材として目の前で展開されている。


(なるほど、確かにどんなものよりもありがたい……)


 2人とも、俺たちがこの先も何かしらの戦いに巻き込まれる、もっと言えば首を突っ込まずにはいられないことをわかっているんだ。だから、そこで役に立つ物を……そういうことだ。


「ありがたいことね」


「ああ、まったくだ」


 一時たりとも目が離せない、そんな戦いはずっと続くかのように繰り返され、何度も立っている場所が変わり、攻防が入れ替わっていくのは1つの物語を見ているかのようだった。


 それも唐突に終わりを告げる。真っすぐ突っ込むヴェリアを、ライネスさんが剣を構えたまま受け止め……互いの剣にひびが入るということで決着となった。


「ありがとうございます。その技に恥じない戦いを、約束しますよ」


「そんなものはどうでもいい。全員無事にまた来い。そしてまた俺と戦え。その時に今より強くなっていなかったら許さんぞ?」


「ヴェリアはこういいますが、娘達をなだめるのに必死だったのですよ? ついて行くと言って聞きませんでしたからね。皆の行き先に女神と精霊の加護のあらんことを」


 2人らしい言葉を胸に、今度こそ旅立ちだ。2人が遥か後方で小さくなってきて……急に胸に何とも言えない寂しさが訪れた。何度味わっても慣れないな……。


「マスター。今晩は私達が膝枕でもいたしますか?」


「それは非常に魅力的だけど、止めておくよ」


 気を使ってくれたであろうラピスに微笑み、気分を変えるように足元に風を産んだ。フローラも一緒にみんなの足元へ。ホバーのようにとまではいかないけど、歩くのに楽になるものだ。自転車ぐらいの速さで俺たちは街道を進み、それも途切れたところで森を駆け抜け、川を目指す。

 そうしてたどり着いた目標である場所へとつながるはずの川。多少曲がりくねっているようだけど俺たちには関係ない。


「アザラシさんやトドさん元気かな」


「今は良いけど、再会したらちゃんと名前で呼んであげなさいよ?」


 どうやら名前を覚えるのが苦手らしいジルちゃん。ルビーの指摘にわかっているんだかわかってないんだか……その辺も可愛いんだけどね。時折獣や、魔物も出て来るけどそれ以外は動く物は俺達だけ。気配を感じて逃げているのがほとんどだと思うけど……まるで世界に俺たちだけのような錯覚さえ覚える。


 日も傾き、今日の寝床をとニーナと一緒に作り上げ、その前でたき火を囲む。いつものように野営とは思えないような食事と……俺はジルちゃんからジルコニアの破片を1個貰って眺めていた。みんなの視線を感じる中……舐めるように口に含み……確かにそれからマナを吸い出すことに成功した。


「ご主人様……ジルたちは一緒だよ」


「ああ。そうだね、一緒だ」


 色々な意味を込めて、頷いた。自覚すれば簡単なことだ。俺という存在がちょっと不思議な力を手に入れただけ、それだけだ。今までと、今まで抱いてきた気持ちになんら変わりはなく、みんな大事な女の子だ。


「みんな、これからもよろしく頼むよ」


「駄目だよー、とーる。みんな頼まれたからやってるんじゃないんだよ。一緒にいたくて、やりたいからやるの」


 からかわれるように言われ、確かにそうかなと思い直した。だから思わず笑ってしまう。やっぱり、今までと何も変わってないじゃないかと。みんなと一緒に、笑顔を目指して頑張る……それだけだ。


 そしてさらに3日後。俺たちは岩肌も露わな、山のふもとに来ていた。

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