JD-276.「現れたかつてのモノ」


「あれが何かわかるものは?」


 答える人はいない。集団のリーダーである緊張のこもったライネスさんの問いかけであるにもかかわらず、だ。それだけみんなの見つめる先にあるものは異質だと言える。周囲を木々に囲まれ、苔むした表面は球体のように見える。大きさは……かなり大きい。立派な体育館ぐらいはあるんじゃないだろうか?


 観察のための沈黙が支配する中、俺は一人頭をひねっていた。もやっとした、のどまで出かかった何かを吐き出そうとしていたのだ。見覚えはある……あるんだけどこれは俺の記憶だろうか・・・・・・・・

 じっと他の獣人たちと同じように見つめ……ふと最近それが出来るようになったことを思い出し、マナの流れを感じ取る視線に切り替える。と言ってもちょっと目にマナを集めて貴石術もどきのことをするだけだ。


 ジルちゃんたちに近づいたことで、前とは情報量が全く違う視界。まるでFPSゲームの各種表示を満載にしたような視界だ。そうして気が付く……この建物のような物は……まだ生きているっ! となるとアレかな?


「名前は憶えていないけど、似たような物を見た覚えがありますよ。周囲のマナを吸収し、内部の色々を維持する……昔々の技術です」


「ほう。このあたりにも残っていましたか……」


 どこか見覚えがあるわけだった。外壁の様子が、前に出会った土偶のいる塔の物に似ていたのだ。となるとこの建物はそのぐらいの時代からあることになる。見た目だけならシェルターっぽいかな?


「ご主人様、ダンゴ虫」


「え?」


 つんつんと俺のお腹をつつきながらの一言に思わず自分の腰回りを見るけどダンゴ虫がついてる様子はない。じゃあなんだろうとジルちゃんを見ると、視線は建物らしきものの方に向いていた。あれがダンゴ虫……?


「とーるー、動くよ」


「はわわっ、何か出てくるかもしれないのです!」


 みんなに遅れて、俺もその気配を感じた。確かにこれはダンゴ虫だ、うん。警戒の姿勢を取る俺たちに習っていつでも動けるように構える獣人たち。みんなの視線の先で……丸っこい様子だったそれが木々をなぎ倒すように動き、形を変えていく。


 その大きさはかなりの物なので、周囲への影響も半端ないことになっている。飛び立っていく鳥、舞う土煙。待機状態だったものが元の姿に戻った……というところか?


「私達のマナを感じたんじゃないかしら? 利用者がやって来た、って感じで」


「それにしてはある意味豪快ですわね……どうします、マスター」


「どうって……探索するしかないけど……」


 ちらりとそばにいる責任者な人を見るが、なんだか俺たちの方をさすがですね、なんて言いそうな顔で見つめるばかりだ。何はともあれ探索しないと始まらない、ということであるが一体何が出てくるか。


 と、視線の先にある壁に切れ目が入る。縦に真っすぐ入ったソレは徐々に横に広がり……中から何かが飛び出してきた。ゴーレム、そう認識した時には俺とフローラが飛び出していた。フローラが小さな手を横に薙ぎ払うように振るえば、その手からは無数のかまいたちのような風。切り刻むとまでは行かなかったけれど、相手の表面に少なくない傷を負わせたように見えた。


「くらえっ!」


 そこに追い打ち気味に俺も聖剣を横なぎにし、マナを込めた斬撃を飛ばす。こちらを迎えに出て来ただけかもしれない? いいや、それはないな。なんてったって、相手は武器を構えてこちらに突撃して来ていたのだから。


 それぞれの準備が終わったところで後方に戻り、ライネスさんを見る。じっと開いた場所を睨むライネスさん。視線の先で、倒したのと同じタイプのゴーレムがいくつか出てきていた。


「人形、ですか」


「かつて、平和を極めた存在が町の治安維持に作ったというゴーレムによく似ている。制御してるところはたぶん中……倒すしかないと思う」


 結局、あの廃都でも具体的な物はわからなかった。セバスからもっと聞いておけばよかったかな? いずれにせよ、この建物と中身はこちらを味方とは思っていないようだ。あるいは何かが狂ってるのかもしれないけど……今は戦うしかない。


 何体いるかがわからない戦いというのはつらいものではあるけれど、やってやれないことはない、そう思いながら戦いを続けた。

 だんだんと出口付近にゴーレムだった物が積み重なっていくと、徐々にだけどゴーレムの出てくる頻度が下がっていく感じを受けた。玉切れかなと思うがまだゼロにはならない。

 徐々に戦線を押し込み、中が見えそうになったところでルビーが火の玉を中に放り込んだ。燃やすためというより照らすため、だろう。


「倉庫……?」


 見えたのは敷居の全くない、とにかく広い空間だった。状況からして、この建物、シェルターのような物はゴーレムの保管庫だったのだろうか? と言っても中にいたゴーレムをこれで大体倒してしまったことになるわけだが……。


「入って大丈夫かな、これ……」


「嫌な感じはしませんわね……」


 ようやくゴーレムの襲撃が止まり、中にもゴーレムの姿は見えなくなった。俺の目にはマナの動きがまだあることは見えるけれど、何かが飛び出てくる様子はない。残骸の確認や、壁を見ながらのつぶやき。たぶん、入ったら飲み込まれるなんてことはないとは思うんだけど……。


「ちょっと、勝手に入っちゃ危ないじゃない!」


「おっと、好奇心が抑えきれませんでしたよ、ははっ」


 中に顔を突っ込もうとしていたライネスさんをルビーが止め、他の獣人の戦士たちも慌てて彼を囲んだ。今彼を失ったらとんでもないことになるのは間違いない。だというのに最前線に来るのはどうかとは思うけどね。


「いざとなったらボクたちでふっとばしちゃえばいいんだよー」


「お任せくださいなのです」


 他の皆に止められる前に、というわけで堂々と扉部分をくぐった。日陰に入ったことで少しひんやりした気がしたけど、それだけだ。特に空調が効いているとかそういうわけじゃあない。ゴーレムが待機していたであろう場所と、奥に光る色々な機材。ミャアのところにもあった、なんだかよくわからない物たちだ。


 こういう時にありがちなキーボードのような物や、タッチパネルの類は見当たらない。見えるのはバスケットボールほどの球体。それは今は曇っている。振り返れば、何名かが扉が急に閉まらないようにと支えてくれている。今の内に調べられるだけ調べておく方がよさそうだ。


「ご主人様、アレにぎゅーって集まってるね」


「制御のための物かしら? 操るゴーレムはもうないけど……トール」


「うん。駄目で元々……」


 熱かったりしたらやだなと思いつつ、そっと球体に手を触れるとそれは起きた。はじけるような刺激と共に、俺は自分が何か見られたな、と感じた。スキャンされたという方がわかりやすいかな? 同時に、色々なことが自分の中に流れ込んでくる。この建物がなんであるか、といったことがだ。


 それによるとやはりゴーレムの倉庫だったようで、中身が無くなった以上ここはただの大きな入れ物に過ぎない。最初の襲撃は、この建物が眠りにつくときにそういう設定だったからということのようだ。戦いの末期ごろの出来事だったのかもしれないね。


「もう大丈夫そうです。何も出てこないと思いますよ」


「そうですか……十分な調査の上ででしょうけど、この大きさの建物を使えるのならこのあたりの開拓も楽でしょうね」


 俺は頷きながら、地面に地図を枝で書き始める。ついでに周囲の地形も頭に入って来たからだ。それによるとすぐそばに川が来ていて、水場の心配もなさそうだということもわかる。さっそくとばかりに何人かが駆け出して行く。


 今日はここで夜を過ごす、そのための準備も始まるのだった。



「ここでほぼ最初の目標にたどり着いたと言っていいでしょう。山脈も目の前ですからね」


 夜、たき火を囲みながらライネスさんにそう告げられた。確かに道中は順調で、森が邪魔をして遠く感じた山脈もだいぶ近くに来ていた。このあたりで一度拠点を整理し、領地を確定させていく必要があるだろうね。そうなると、俺たちはどうするかということになる。


「ずっといてほしいという気持ちもありますが、背負う運命を邪魔するわけにもいきません」


「ありがとうございます。ずっとお世話になりっぱなしで」


 本当にその通りだった。あのまま獣人の国々を渡り歩いていたらどうなったか、想像がつかない。これで一度街に戻ったら……貴石を探してまた旅に出なくてはいけないだろうね。


 出会いも別れも突然に、そんなことを思いながら夜の雑談を続けた。

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