JD-275.「山の麓へ」


 色々、そう色々とあったがついに俺達は山脈へ向けて進む獣人たちの中にいた。魔物や獣を押しのけて砦のような物を作り、入植者を募って拡大する。そういった長い目で見た領地の拡大だ。だから俺たちがすることはその最初、安全な場所を広げるというための戦いだ。


「本当はもっとゆっくり切り開いていくのを覚悟していたのですがね……」


 若干あきれたライネスさんの声が背中に届いた気がするが誰も気にしていない。俺やジルちゃんたちは元より、獣人の中でも貴石術が使える人たちで分担してどんどんと切り開いているのだ。道なき道、というほどでもないけれどこれまでは歩いて通るだけだった場所を荷車が通れるぐらいには整備しないといけない。


 風の刃が飛び、あるいは斧が音を響かせる。強化されたそれらは胴体ほどもある木であれば2度3度と斧を振るうだけで倒れていく。まずは道を作り、砦というか村を作る場所を用意していくわけだ。


「ようし、補給だ! よろしく頼むぞ!」


 誰かの叫びに従い、後方で貴石術を使わない作業に入っていた獣人が前で作業している獣人へ向けて筒のような物を向け、マナを打ち出している。例のマナ補給用の装置である。そこそこ数が揃っているので使わないのはもったいないとこうして持ちだされている。


「とーるー。こう、ずばばって一気に向こうまでやっちゃ駄目かな?」


「途中に獣がいたらみんなずばって斬れちゃうからね……ちょっと嫌だろ?」


 こうして少しずつ進むことで音を立て、そこに住んでいた相手を追い出すような形ではあるが逃げる余裕を与える形で進むのが一番楽なのだ。フローラの言うようにキロ単位でひたすら風の刃を打ち出すというのも出来なくはないけど、それをやると全部切り刻まれるからね。


「リスさん、ごめんね。あっ、行っちゃった」


「まあ、仕方ないわよ。ああいう相手なら共存も出来るとは思うけど」


 倒れた木から落ちて来たリスにジルちゃんが買い込んでいた木の実を与えていた。相手も大自然にたくましく生きているためか、いくつかを受け取って頬にため込んだ後無事な森に駆け出して行った。

 実際、ルビーの言うようにああいった獣であれば共存に問題はない。問題が出るとしたら、肉食の獣だ。


「マスター、左から来ますわ」


「はわわ、この感じ……狼なのです!」


 聞こえる遠吠え。森を駆け抜け、騒ぎの主である俺たちに飛びかかってこようとしているのだ。相手の領域に踏み込んでいるのだからそれも致し方ない。今さら、こうやってぶつかることを気にする俺達ではないけれど、それでも戦いたいわけではない。


「痛くないように……それっ!」


 見えて来た大きな狼に向け、フローラが突風を産む。それは暴風の球と言ってもいいかもしれない。狼たちの鼻先でさく裂すると、一気に周囲に風が吹き荒れた。運が悪い奴は木にぶつかるだろうけどほとんどは森の中を転がっていく。狼たちもそれで知るだろう、手を出すと危ないと。


 そんなことを何度か繰り返しながら、森の中で見張りを立てつつ夜を過ごし、また昼を過ごし……俺たちは最初の目的地である川沿いの林にたどり着いた。


「このあたりに最初の拠点を作るみたいだ。ログハウスみたいなのでいいのかな?」


 まばらな木々をさらに切り倒し、切り株が残るがほぼ更地状態になった場所で木材に加工する組と、貴石術で仮の家を作る組に別れるとの連絡があった。思わずみんなと顔を見合ってしまったのも無理はないと思う。やっていいのなら……やっちゃうよ?


「いでよ壁! なのです!」


 まるでトラップが発動したかのように、ニーナの掛け声に合わせて胸元ぐらいの高さの岩壁が集落予定の場所を次々と覆っていく。それをジルちゃんたちが整え、どんどんと壁が作られていった。獣人の皆も、その手があったかとばかりに土系が得意であろう人を中心に壁が反対側に作られていく。もちろん出入口は用意して、だ。


 敷地の中では俺もニーナと同じ属性のマナを生み出しながら、簡単にレンガ造りの長屋、とでも呼べそうなものを作り上げていく。最終的には消えない木材や石材で作る予定だから簡単な物、だけどね。それでもイチから木材で作るよりは速いはず。


「これって、どのぐらい持つんだろうね?」


「さあ……試してないからわかりませんけど、多分私達に何かあるまではこのままなのでは?」


 前にも思ったことだけど、作り出した本人が消えろと思わない限り消えないっぽいのである。今さらではあるが、どこからこの岩や土は来たのか……考えちゃいけないんだろうな。ライネスさんや、ついてきたメイヤさんも驚いていることは驚いているが、なんだかこう……俺たちのやることだし、みたいな空気を感じる。やりやすいと言えばやりやすいけどさ……。


「ご主人様、速く終わらせてご飯がいい」


「あはは、そうだね。今日は干し肉じゃなくてちゃんと料理してみたいね」


 まるでキャンプにでも来ているかのような雰囲気の中、中央には大きなたき火が用意され、ここに人が住み始めることを宣言するかのように赤々と炎が灯された。周囲で狩った獣や、運んできた食材を使い、50名に満たない集団が一斉に食事をとる姿はなんだかそれだけでも面白い。


「星がきれいだなあ……」


 一通りの食事も終わり、早い人は既に寝床に戻った時間。俺は一人、建物の上に寝転がっていた。昼間にちょっと張り切りすぎたのかもしれないね。そのうち眠くなるだろうと考え、何度も見上げた星空を眺める。

 まさに満天の星空。手を伸ばせば星がつかめそうなほどだった。


「フローラ?」


「とーる、寝れないの?」


 そんな風に手を伸ばしていると、馴染の気配と共に腕が掴まれる。寝間着のような服に着替えた状態のフローラだった。広間の中央に燃えたままのたき火がほのかに照らしているため暗いということもない。

 ちょこんと俺の横に座ったフローラは同じように空を見る。手はいつの間にかつないだ状態だった。


「いや、夜の星空もいいなあってね」


「そうだよねー、みーんな宝石みたいにキラキラしてる」


 ここできらめいているのは大気の問題で、だとかいうのはアウトだし、陳腐な言葉を口にするのも何か違う気がした俺は握ったままの手を放し、不安にこちらを見ようとするフローラを抱き寄せて一緒に建物に転がるようにした。

 若干寝転がるには硬いけどそんなのは気にならない。


「とーる、はやく終わらせようね」


「そうだ……ね。次の春は、平和に迎えたいや」


 なんとなくだけど、これでフローラ、ニーナ、そしてジルちゃんもマリアージュすることが出来たらこちらはもう準備は万端だと思えた。どこに向かうべきかは各地の精霊に聞いたほうがいい気もするけれど、つまりはゴールは近いのだと思う。


「ねえ、ボクたちと子供が作れるかどうか、心配じゃないの?」


 どきりとした。けれどそれは見抜かれた、ということではない。フローラがそう思うということは、みんなそうなんだろうなという考えからだ。俺が人間から離れ始めた以上、前とはそのあたりの状況は違うとは思う。実際にはどうなんだろうな。


「心配は心配だけど……みんなと一緒に過ごせるなら、なんとかなるんじゃないかなって思ってるよ」


「あーっ、またとーるはそうやって先に回す―。駄目だよー、決める時には決めないと」


 そんな言葉と共に勢いよく馬乗りになられ、気が付けば周囲にはフローラの得意の風の祈祷術でドームのような物が作られたのを感じた。やられた、とは思いつつもここで断るのもちょっとな。そのまま伏せてくるフローラと1つの影になった。





「ううう、なんでバレたんだろー?」


「そりゃそうよ。フローラ、音は防げても建物は振動するじゃない」


 翌日、抜け駆けしたとフローラはちょっと怒られ、俺も怒られた。次はみんな一緒よ!なんて言われたけれど果たして……。


 



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